第34話 お嬢様は名前で呼んで欲しい
俺は最寄りの駅に来ていた。何故かと言えば、それは勿論、竹宮さんと一緒にデート(?)に行くためだ。
現在時刻は朝の8時。集合時間の1時間前だ。
どうして、そんなにも早く来ているのかというと、竹宮さんなら滅茶苦茶早く来てしまうのではないか、という心配があるからだ。俺とのお出かけを楽しみにしているが余りに、早く動いてしまいそうな彼女の姿が頭に浮かんでしまった。
そうなってしまった時に、彼女を長時間待たせるのは嫌だったから早く来た。
でも、流石にこんな早くは来ないだろうと思うので、軽食を買いに行くためにコンビニへと向かうおうとした。
が、駅のロータリーに何度か乗ったことのある高級車が見えたので、急いでそちらの方へと向かった。
そして、その車からウチのラーメン屋のバイトで、学校では純粋箱入りお嬢様と呼ばれている彼女が出て来た。
「おまたせ! もしかして、待った?」
そんな竹宮さんの格好は水色のワンピースに白いカーディガンを羽織った、いかにも彼女のイメージカラーとピッタリな装いだった。
「いや、全然。今来たとこだよ」
「ん? そう言えば、なんでこんな早く来たの? まだ9時まで一時間もあるよ」
その疑問に素直に「竹宮さんが早く来ちゃって、待たせちゃうのは嫌だから」とは言いづらい。彼女の行動を批判しているようになってしまうのは避けたい。
「――楽しみだったから」
「そのなの!? 私も楽しみで早起きしちゃったんだ! 一緒だね」
竹宮さんは俺の返答に喜んだらしく、全人類を堕とすことが出来そうな笑顔を覗かせてくれた。やっぱり竹宮さんが嬉しそうにしている姿は、素敵だ。
「夕夏。送迎ありがとう。行ってきます!」
「いってらっしゃいませお嬢様。味元さん、これを」
諸麦さんから謎の茶封筒を渡された。なんだろう、これ? と思ってそれを開けてみると、中に一万円札が十枚程度入っていた。
慌ててしまって落としそうになってしまった。
「はっ!? なんですか、これ?」
「今日のお嬢様のお小遣いです。これを味元さんに管理して頂ければと」
「……本人に持たせれば良くないですか?」
「駄目です。お嬢様は金銭管理がまだまだ未熟です。だから、普段はわたくしが管理しているんですけど、今日はついて行けないので、味元さんにお願いしたいのです」
確かに竹宮さんは世間知らずのお嬢様だ。お金の管理が出来ないのも無理はない……のか? でも、とはいえ、俺に十万を渡されても、その使い方は分からないよ!
庶民的な金銭感覚しかないからね!
そうは思っても、断れないのでとりあえず受け取っておくことにした。
「分かり……ました」
「じゃあ行こっか! 和樹くん」
竹宮さんが俺に手を差し出してくる。
勿論、俺はノータイムで彼女の手を取るのだった。
ぐいぐいと引っ張られる形で駅の改札まで来て、そのまま竹宮さんは改札を抜けようとした。
「ちょっと待って! そのままじゃ電車には乗れないから!」
「え! そうなんだ。乗ったことないから知らなかった」
だろうなあ。俺だって竹宮さんが電車乗って移動してるのはイメージがない。なので、まずは彼女に電車の乗り方から説明するというのは想定内のことではあった。
改札から竹宮さんを離して、券売機の方へと連れて行く。
「電車に乗るには、この券売機で買った切符とかICカードが必要なんだよ」
「その二つって何が違うの?」
「……切符は一回きりだけど、ICカードはチャージすれば何回でも使える? かなあ」
「うーん、じゃあ、ICカードの方で!」
「わかった。でも、一回しか乗らないなら切符で良くない?」
正直、ICカードの方を選ぶのは意外だった。恐らく竹宮さんは普段から電車を使うことは無いだろう。かなり未来の話だが、遠くの大学に進学するということになったりしても、近くのタワマンに住んでいる姿の方が想像できる。
それだけ、このお嬢様が人混みに揉まれながら電車に乗っている姿というのはイメージがつかない。
「良くないよ!」
竹宮さんは少し怒っていた。寧ろ、怒るというか拗ねるというか、そういう感情が声にこもっていた。
「だってこれからいっぱい二人でデート行くんだから、何回も使える方が便利じゃん!」
「――確かに!」
言葉にテンションの高揚が混じってしまった。竹宮さんがこのお出かけを『デート』と認識していることと、いっぱい一緒にデート行きたいってことが分かったからだ。
俺自身はこのデートで竹宮さんとの関係を見極めるつもりだが、彼女の方は俺に対する気持ちはもっと明白なのかもしれない。それが言葉や感情に出ているような気がした。
自分の気持ちはどうなんだろうか。と改めて思う。
「それじゃあこれ、使わせてもらうね」
諸麦さんから渡されたお金を使って、竹宮さんのICカードを作った。ちゃんとチャージもした。
「ありがとう! これで行けるのかな?」
「そう、それを改札横のマークにタッチしてもらって」
「おっ、何か開いた! 和樹くんもこっち来て~」
改札が開いたことにウキウキする女子高校生のお嬢様……。最近は、色々あったから竹宮さんのこういう姿は久しぶりに見た。世間知らずだからこそ、知らないことを楽しそうに受け取っていくのだ。
呼ばれるがままに改札をくぐり抜けて、駅のホームに立って、電車を待つ。
「ねえ、和樹くんってどうして私のこと名前呼びしてくれないの?」
「どうして、って言われても……?」
別に深い意味はないが、特にそう呼ぶ必要性が今までなかったから、なのかなあ。
「私、不平等だと思うの! 私も和樹くんに名前で呼ばれたい!」
熱い視線が俺のことを見つめてきていた。その眼には期待が宿っていた。
別に竹宮さんのことを名前呼びするのが嫌なわけではないが、照れがあった。だから、小さい声で言った。
「……雛乃さん」
「さん、いらないよよ! 雛乃だけで良いよ!」
「……雛乃」
「うん! うん! すっごい良い! もう一回言って」
竹宮さん……雛乃は何度も何度も名前呼びをねだって、その度に嬉しさでぴょんぴょんしていた。
それを、電車が来るまで続けたのだった。
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