第33話 お嬢様と俺の関係って何?

 母親との邂逅を終えて、トラウマを克服することが出来たのだろうか。


 いつものようにバイトをしながら、そんなことを考えていた。


「ありがとうございました!」


 閉店時間最後のお客さんを見送る。その後、食券機から売上金を回収したり、店の掃除をしたりする。お客さんで溢れていて賑やかな店内も好きだが、このラーメン屋という空間にポツンと立っているのも好きだ。


 もう自分の家に怯える必要もないけど、それでもここが安心できる場所なのは変わらない。


「なーに、ボケっとしてんのさ! 明日デートなんだから、とっとと閉店準備終えて帰ろうぜい」


 厨房の方で片付けをしていた鳥飼さんが話しかけて来た。いつものバイト終わりは『仕事終わりは呑まないとやってらんねえ!』と酒を飲んでいるのだが、今日は違うらしい。


 明日は延期に延期を重ねまくっていた竹宮さんとの水族館デート(?)がある。そのためにとっと帰って早く寝ろとのことなんだろう。普段より真面目に働いてくれているのはありがたいのだが……。


「デートなんですかね……」


「そりゃ、男と女が二人で出掛けに行くなんてデート以外ないでしょうが!」


「あまりにも定義が初々しすぎやしませんか?」


「馬鹿にしてる? 馬鹿にしてるよね!」


 なんでこの人、こんなにテンション上がってるんだろう。自分に彼氏がいないことにキレているのか、俺と竹宮さんがデート(?)に行くことにワクワクしてるのか……どっちもって気がしてきたな。


「馬鹿にはしてないですけど……そんな単純なものなのかなあって」


「なーにを、そんな難しく考えてるんだ?」


 難しく考えているわけではないが、自分が抱える女性や愛というものへのトラウマ意識を純粋箱入りお嬢様が取っ払ってくれたお陰で、改めて彼女と俺の関係とは一体何なのかを考える必要があるのではないか、と思ってしまっているのだ。


「あの、俺が母親に会いに行ってきたってこと知ってます?」


「聞いてるね。具体的に何があったかは知らないけど、和樹が雛乃ちゃんを抱きしめたのは知ってるよ」


「どうしてそこだけを……?」


「雛乃ちゃんから聞いた『幸せ過ぎて意識が飛びそうだった!』だって」


 携帯の画面を点けて竹宮さんとのやり取りを見せつけてきた。

 あ~、そう言えば、竹宮さんと鳥飼さんって仲が良かったよな。と思い出す。だからって竹宮さん、そんなことをこの人に言わなくたっていいじゃん!


「……まあ、なんやかんやあって例の母親との問題を解決しに行ってきたんですよ」


「うん」


「トラウマが無くなったことで、色々な自分の中の壁が無くなったんですよ。そうなった時に、俺は竹宮さんとどう向かい合うべきなのかなって」


「……和樹はトラウマを克服したことで雛乃ちゃんへの思いが変わったりしたの?」


 俺が持つ竹宮さんへの思い。いや、それは変わっていないはずだ。それを変えないようにするために、母さんに会って来たのだ。

 

「一切変わっていないです。変わらず竹宮さんは大切です」


「ふーん。だったら特に悩むことはないんじゃない?」


 確かに言われてみればそうかもしれない。俺が竹宮さんのことを大切に思っているのは何一つ変わっていないのだ。


 一つの結論は出たのに……何故かすっきりしない。


「でも、何か違うような気がしていて……」


「ふーん。難しい事言うねえ……」


 いつもふざけたような人生を送ってる鳥飼さんが真面目に考え始めてしまった。当の本人の俺ですら、何をどう悩んでいて今後どうしたいのかをぼやぼやとしか把握していないのだ。他人である鳥飼さんには尚更考えるのは難しいだろう。


 そして、鳥飼さんは考えるのは止めたようで『さっきのデートの話だけど』と別の話題を展開し始めた。


「あたしがさ、歓楽街を観察してて男女のデートと男女の遊びの差で発見したことがあってさ」


 なんだいきなり。


「ねえ、その『何この人? いきなり語り出したぞ』みたいな顔するのやめて!」


「あっ、すいません」


 顔に出てしまっていたか。これは不覚だ。


「デートしに行ってる奴らって二人の物理的距離感がね、近いんだよ。ボディタッチすれすれというか。ただ単に異性の友達と遊びに行くときにはない、体の近さがあると思ってるんだよな」


「へえ~そうなんですね。暇なんですか?」


「お前もう殴るぞ! こっちが真剣に話してやってんのに」


 鳥飼さんは拳を振り上げるポーズを見せた。『あれ、こいつもう女に触れられても大丈夫なんだっけ、殴ってもいい?』と言いながら薄ら笑いを浮かべているので、首を横に振りまくった。


「で、あたしから見ると最近の和樹と雛乃ちゃんの距離感って、デートしてる奴らの距離感とほぼ相違ないんだよな~」


「……言われてみればそうかもしれません」


 ここ最近は事あるごとに手を繋ぐのは常習化してるのはあると思う。俺は竹宮さんに触れられるとどうしようもなく心地が良いのだ。竹宮さんもそうみたいで、いつも手を繋ごうとしてくる。


 確かにな。と思いながら、鳥飼さんの次の言葉を待つが何も出てこない。


「え? いまの話、これで終わりですか?」


「あ、うん。そうだよ。思ってたことを言ってみただけ」


「……そうですか」


 あれ、今の話どこか引っかかることがあったような気がする。じゃなきゃ、鳥飼さんの結論を求めたりはしないだろう。


 もしかしたら、自分の今の悩みって――。


「なんかわかったような気がします。自分の悩みが」


「へえ~、いいじゃん! 意味のない話にも意味があったわ! で、何が分かった?」


「言葉にしづらいんですけど……竹宮さんと俺の関係性がよく分からないことが問題なのかなって」


 鳥飼さんが言っていたデートしてる奴らとは恋人関係の人達を指すのだろう。だったら、それと同等以上に距離が近い俺と竹宮さんの関係は一体なんなのだろうと思うのだ。


 そして、その分からなさがこそが悩みなような気がしている。


「よく分からない関係性でも良いと思うんだけどな。名前のない関係性も素敵だよ」


 鳥飼さんが良いことを言ってくれるが、恐らく俺自身がはっきりさせたいと思ってるのだ。竹宮さんとの関係性を。


「ありがとうございます。でも俺は竹宮さんとしっかりした名前のある関係性を持ちたいんです」


「それもそれで良いと思うよ。だったら――はっきりさせてきなよ。明日のデートでさ」


「はい!」


 明日のお出かけで、竹宮さんとどういう関係に成りたいのかしっかり決めるんだ。

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