第28話 お嬢様と俺の未来のために
竹宮さんの手を握っていたら、俺も気づかないうちに眠っていたようで、ベッドのへりに寄り掛かっていた。
彼女はまだ目が覚めていないらしく、幸せそうに顔をニコニコさせて眠っていた。
繋がれた俺の左手を強く握られたような気がしたが、気のせいだろう。
それにしても、俺が女の子と手を握れるようになるとは思ってもみなかった。
俺が動くことで彼女の体調が良くなるなら、何でもしよう、とは思っていた。
実はラーメン雑炊を作るため、松華ラーメンに一回帰っていた。部屋を退室する際に竹宮さんのメイドの諸麦さんから言われたことがあるのだ。
『お嬢様の体調不良は過労が原因です。文句を言ってるわけではありませんが、毎日のように味元さんの家に通ったからだと思います。それだけ、雛乃は貴方様のことを思っているのですよ』
そのことは分かっていた。ただ、考えないようにしていた。どういう意味で、俺のことを『思っている』のかは分からないが、竹宮さんは俺に執着している。
ほんの少し前まで、他人、特に女性から大きい好意を抱かれることに、悪感情を憶えていた。その感情は大きくなればなるほど他人を傷つける。あの人は……俺の母親はそうだったんじゃないかと思っている。
俺は心を傷つけられた。
だから、そのような感情を自分に対して抱かれるのが嫌だ。
でも、それだけじゃない。
そんな自分の気持ちで人を傷つけるような化物の子どもなのがどうしても嫌だった。穢れた血が流れていると思った。だから、自分が誰かに夢中になったら、その人を傷つけてしまうんじゃないか、と。
日に日に、竹宮さんを大切に思う気持ちは大きくなってきている。
この間、竹宮さんが自転車でこけた時、まず何としても治療をしなくちゃと、身体の拒否反応よりも早く、気持ちが動いていた。
今なら分かる。
竹宮さんが体調不良に陥ったことで、自分の中に何かが芽生え始めていた。彼女を思う気持ちが開花しつつあるのだ。
その気持ちを自覚した途端に吐き気に襲われた。
俺は竹宮さんの握っていた手を放して、トイレへと駆けこんだ。
朝っぱらだったから特になにか出てくるわけではない。それでも、自分の中にあるナニカを吐き出したくて、吐き出したくたまらなかった。
自分の気持ちに整理がつかない。
竹宮さんを思う気持ちは心地が良いものだ。彼女と一緒にいると、心から力が湧いてきて、どこへでも飛んで行けそうな気がしてくる。俺も、あの女の子から感じる青い輝きを放てそうな気がしてくるのだ。
でも、そうやって竹宮さんに惹かれていく一方。その気持ちを嫌う俺が存在していることも事実だった。他人のことを好きなればなるほど、その人と無理にでも一緒に居たくなり、最終的には違える。傷つける。
俺は一体、どうやってこの気持ちと向き合っていけばいいんだろう。
はあ、とため息をつきながら、竹宮さんの部屋へと戻る。すると窓が開けられていて、朝日で照らされている純情可憐なお嬢様がそこにはいた。
「おはようございます! 昨日はありがとう。和樹くん」
そこには、いつも通りの元気が200%くらいありそうな、天空に輝くお天道様にも負けないくらいの眩さを放った少女が体を起こしていた。
「体調良くなった?」
「うん! 和樹くんのお陰でね!」
そのことに心底ホッとした。このこと以上に嬉しかったことは今までの人生で他にあっただろうか。その程度には竹宮さん快調というのは、俺にとって喜びをもたらすものになった。
ああ、やっぱり。自分は竹宮さんのことが大事なんだ……。
そのことを完全に理解した時に、脳内がつまらない甘言で満たされてしまう。今の悩みを彼女に相談すれば、力になってくれるんじゃないかって。竹宮さんの青い炎にはそういう情熱がある。
相談すれば協力してくれるだろう。間違いない。
竹宮雛乃というお嬢様は優しいから。
だけど、それに頼ってばかりで良いのか?
俺がここまで変わったのは、竹宮さんの献身があったからこそだ。俺は望んでいたわけではないが、一生女子に触られることを怯えて生きたいなんて思っちゃいない。出来ることなら、何にも怯えずに生きたい。
「大丈夫、和樹くん!? なんか雰囲気が良くない!」
そんな不安や悩みを表情に出してなかったつもりなのに、彼女は気づいてきた。
まず、嬉しさがあった。次に、心配をかけているという忍びなさがあった。最後に、そこまで気づくくらいには、心が通じ合ってしまっている現状が見えた。
隠し切れない以上、相談するしかないか……。
そう思った時に、竹宮さんは思ってもないことを口にした。
「手、繋ごう」
「手?」
「そう、手。私の風邪が良くなったのは、和樹くんに手を繋いでもらったからだったと思うんだ。手と手を繋げば、その人から力が伝わってくるんだよ。和樹くんの元気がないなら、私が力を分けてあげる!」
その差し出された手に、俺は手を伸ばした。
俺が手を握ろうとした瞬間に、彼女の方が先に手を握った。そのせいで引っ張られるような気分になる。
彼女の右手から俺の左手を通って熱が伝わって来る。そして、竹宮さんが持っている本物の、俺が何とか灯していた青い輝きとは違った圧倒的な気持ちが流れ込んできた気がした。
手だけじゃなくて、心が繋がっている。それを感じるのだ。
この絆さえあれば、何でも出来る気がする。
相談するのは止めた。
今の俺がやること。
それは、やはり、ちゃんと気持ちを整理すること。じゃなきゃ、ここまで連れて来てくれた竹宮さんといずれ道を違えてしまうかもしれない。そんなことは絶対、絶対に、嫌だった。
そのならないためには――。
「ケリをつけようと思う。母さんに会ってみようと思うんだ」
自分の気持ちを惑わし続けるものと対峙をして俺の気持ちが、誰かを傷つけうるものではないのだと証明をしに行く。
あの人――母さんと心から決別をする。もうトラウマには邪魔をさせない。
その俺の決意に対して竹宮さんは。
「私も行く!」
これまで一緒に過ごしてきた中で、一番の眩い笑顔で、そう言ってくれた。
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