第27話 和樹くんとの出会い(竹宮さん視点)
朝起き上がると、私の右手は彼の左手と結ばれていた。
風邪をひいていたはずなのに、人生で一番寝れたといっても過言ではない日だった。熱でうなされることもなく、喉が痛くて目覚めることなく、ぐっすりだった。
日々の睡眠が薄いとか、そういうわけじゃない。
ただ、和樹くんが手を繋いでたから良く寝れた。
彼の手には不思議な力がある。私にだけ働く力。お父様、お母様にも負けない、心地よさを与えてくれる。
これで手を繋いだのは、三回目だった。
二回目は、初めてバイトをした夜のこと。
何も考えずに彼と近づきたくて、手を繋ぐことをねだった。
その時は多分、いや、絶対、彼は私と手を握りたくなかったのだと断定できる。それはトラウマのことを知ったからじゃない。
昨日、私の手を取ってくれた時に気がついたのだ。心と心が離れている人との手繋ぎと、思い合って取る人の手の温かさは違うことを。彼の手にこもった熱にはそういうものが確かにあった。
だから、真の意味で手を繋いだのは、三回目が初めて――ではない。
一回目にもそれに近いような思いがあったはずだ。
幼くて、小さな、縋るようなものでしかないようなものだったけど。
それを思い出していた。
◆ ◆ ◆
小学六年の頃。街路樹が色づき始めた季節のこと。
あの頃の私は全能感に満ち溢れていた。私立のお嬢様学校では、私が一番出来る生徒だった。運動も勉強も、誰も敵わない。家柄も良くて、学校中から羨望の眼差しで見られていた。
私を慕うような下級生もいて、『雛乃お姉さま』と呼ばれていた。
だけど、そんな私をバカにしてくる子たちや上級生たち(小中高一貫の為)、もいた。彼女らに攻撃されるときは決まって言われたのが。
『一人で出掛けたこともない世間知らず』
だった。
通りすがる度にそう言われて悔しかった。別に、私自身のために悔しがったわけじゃない。私を慕ってくれている子たちもそういう目で見られるから、嫌だった。
それをどうにかするために、私は行動を起こした。
お父様とお母様が仕事でいないを見計らい、メイドや執事たちがちょうど会議を行う日を狙った。そもそも、私はクソガキではなかったので、急にいなくなるなど想定されていない。だから、いつでも誰かがそばにいるわけではない。誰からも気づかれずに家を出るのは簡単だった。
多少の不安はあったが、学校では一番勉強もスポーツも出来る私だ。何とかなるだろうと、たかを括っていた。
目指すは海の見える街。
一人でここまで行ったことを示せるように、適度なタイミングで写真を撮って、私たちをバカにする学校の奴らに送り付けてやろうと思っていた。
しかし、そもそも駅まで辿り着かなかった。
いつでも、車で送っていってもらっていたせいか、土地勘が一切なく駅まで辿り着くことが出来なかったのだ。スマホを見ても、実際に見る地図というのは扱いが難しく、自分がどこにいるかを把握できなかった。
結局、目的地に行くどころか、来たこともない住宅地にある公園で、うなだれていた。
ああ、やっぱり、私、あの子たちが言うように『世間知らず』なんだ。
帰る道も分からない恥、慕ってくれる子たちにも報えることができない恥。その二つの耐えらない感情が襲ってくる。
もうどうにでもなれ、泣き笑いをしながら、ブランコでグルグル回転している時だった。
「凄いブランコ上手いね!」
その時は、名前すら知らない彼が話しかけて来たのだ。
同世代の男の子は、人生で生まれて初めて接したかもしれない。
実は、男の子には憧れがあった。私が何か起これば、格好いい運命の人が助けてくれるだろうと思っていた。
のに、現れたのは普通の男の子。しかも、私が泣いているというのに、声をかけて来た理由は『ブランコが上手いから』だった。
無視をしようとしたが、彼が隣のブランコに座って来たから無視できなかった。
そして、自分への情けなさと運命の人でもない男が私に話しかけてきた怒りから、一方的に感情を吐露した。
「なんでしょうか? 私、今、泣いているんですのよ! 邪魔しないでもらってよろしいかしら! 一人で出掛けたはいいけど、駅にも辿り着かない無能ですわよ!」
「えっと……あったかいお茶飲む?」
彼は水筒に入っていた温かいお茶を注いで、渡してきた。喉が渇いているなんて言ってないが、身体は冷えていたし喉も渇いていた。
有難くいただいた。
「……話から察するに、迷子?」
美味しくない粗茶だった。だがそれでも気分が落ち着いた私は、冷静に答えることできた。
「分かりやすく言えば、そうなりますわね」
「だろうと思った。夕方のチャイムが鳴った後なのに、遊んでいる子なんて中々いないもん。この辺りじゃ見たこともないしね。それで、どこに行きたいの?」
海に連れてって。と言おうと思ったが、この時間から向かっても辿り着くころには真夜中になってしまう。帰りが遅くなればなるほど、家族やメイドたちも心配してしまう。
ここは帰るのが最善だと思ったが、安いプライドが邪魔をしていた。
「分かりませんわ。でも……誰も知らない場所へ行きたいですわ」
「帰らなくて大丈夫なの?」
「良くないですわ。ですが……」
そんな自分の気持ちを接してなのか、名も知れない彼はこんなことを言った。
「そう言うなら、この町で一番いい景色が見れる場所に行こうよ!」
彼は私に手を差し出して来た。
握れ、ということなのだろうか。
でも、運命の人じゃない人と手を繋ぐのは……と逡巡してしまった。
と、思っていたら、彼の方から無理やり手を取られた。
「君、迷子になりそうだから、手、繋いでよ」
失礼な奴……。けど、男の子から手を取られるのは悪い事ではなかった。何より冷めていた心がちょっとだけ温まった。彼なりに私を心配してくれている熱を、その右手から感じたのだ。
手を繋いで初めて分かったが、彼からは美味しそうな匂いがした。食べたことのない料理で例えることが出来ない。どんな高級なものでも再現できそうにない、最高の香りだった。
そして、連れて来られたのが、町の裏山にある展望台。寂れてて街灯も切れかかっていたが、景色はそこそこ綺麗だった。
「どう?」
「……悪くはないですわね」
「折角連れて来てやったのに……」
正直、綺麗な夜景なら海外で沢山見てきている。普通の街の夜景なんて、大したことはない。けど。
「……心が晴れました。ありがとうございますわ」
家に帰ろうかな、くらいの気持ちにはなった。
「まあよかったのかな?」
それから、交番に私を送り届け、名も知らぬ男の子は去っていった。
名前くらい聞いておけば良かったな。と当時は後悔した。
◆ ◆ ◆
再会するのはそれから四年後。私がお嬢様学校を辞めて男女共学の学校へと移ったからだった。たまたま彼と学校ですれ違った時に、あの至宝の香りが漂っていたことから、味元和樹くんが当時、私を助けてくれた男の子だと当たりをつけたのだ。
それを確かめるために、ラーメン屋でバイトをすることを決めた。
そして、今がある。
あの日、手を握ってくれたのは和樹くん。今、彼がまだ闇の中にいるというのなら、私が手を引っ張ってそこから連れ出すのだ。
それが自分のためだとしても、私はやってやる。
私は、彼と繋いだ右手を強く握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます