第26話 和樹くんから手を握ってほしい(竹宮さん視点)
『ウチに泊まっていって』、そう言われた和樹くんは、すぐに返事をしなかった。どうやら、迷っているようみたいだ。。
私としては泊っていってもらって、一緒の部屋で寝て欲しい。いや、一緒のベッドで寝てもいい。セミダブル? だし、スペースにも困らない。
でも、正直なところ、受け入れてくれるとは思っていない。付き合ってもない男女が一緒の部屋で寝る、なんて中々にハードルが高い。特に女性にトラウマを持っている和樹くんなら尚更。
「ごめん、やっぱり無理だよね――」
「わかった。それで竹宮さんが回復するなら、泊っていくよ」
和樹くんは何かを決めて心に芯を通したような瞳で私を見つめた。その静かに揺れる眼球にはちらちらと、いや、ごうごうと燃え滾っている青い炎を宿している。
「ほん、と、に、いい、の?」
「うん。元々、今日はバイトもないし、大丈夫だよ」
そういうことではない。そりゃ、デート(?)に行く日にバイトは入れないだろうけど……。
恐らく、和樹くんは本気で私のことを心配してくれている。実際に、身体は辛い。それでも、体調不良という最強の武器を振り回して、和樹くんを泊まらせることに、罪悪感を感じてしまった。
いや、そんな今さらの罪悪感なんて感じるのだろうか。私はただ驚いているだけなのかもしれない。
「な、んで?」
「……早く竹宮さんに良くなって欲しいからだよ。心配なんだ」
その、混じり気のない感情と言葉で気がついた。
ある程度、和樹くんは私のことを大切に思ってくれている。
そうじゃなきゃ、こういう行動には出ない。
嬉しい……!
先日、私が怪我をした時も手当てをしてくれた。女の子には触れないはずなのに。
今日に至っては、一日中一緒にいてくれる。しかも、私の部屋で。
少しずつ、少しずつだけど、彼の心が解けていっている。
もうちょっと……、もうちょっとで、私の目的『いつでも和樹くんに抱き着く』を達成できる。あの、大好きな人……あれ、私って彼のことが好きなのだろうか。
匂いは間違いなく好き。
だけど、味元和樹という男の子自身もどんどん好きになっていってきているような気がする。それとも、出会った時から、既に――。
色々と考えたところで分かっているのは二つだけ。
私は和樹くんのことが大切。
和樹くんも私のことが大切。
それでいいじゃない。
「和樹くん。夕夏、を呼んで」
「わかった。どう呼べばいい?」
私は、スマホを和樹くんに渡して夕夏を呼び寄せた。そして、和樹くんが泊っていくことを説明した。
「えっと、まさか、同室とか言いませんよね?」
「同室、で」
即答した。私は、この機会に和樹くんにして欲しいことがあるのだ。流石に、添い寝しろ、とまでは言わない。けど、もう一歩関係性を進めたい私にとっては、大事なことだった。
寧ろ泊っていってもらうよりも、こっちの方が本当のお願いなのだ。
そのためには、一緒の部屋にいてもらう必要性がある。
「ご主人様を説得するのはわたくしですのに……」
「お願、い!」
「嫌と言っているわけではないです。いつだってわたくしはお嬢様の味方ですので。でも、今回は後々で何かお礼をしてもらいますよ」
「う、ん。あり、が、とう」
これで和樹くんがウチに泊まるのは問題ないだろう。夕夏ならなんとかやってくれるはず。この状況を作ってくれた香織お姉さまにも、後々でちゃんとお礼をしなくては。
じゃあ、これで一休みしようかな。
と思ったが、さっき起きたばかりだし、妙に興奮してしまっているのもあって、寝る気分ではなかった。
そこで、夕夏にもう一つ頼みごとをした。
「映画……ですか。お嬢様が珍しいですね。普段は全く見ないのに」
「そう、いうこと、は、言わなくて、いいの!」
私の父は大の映画好きでもある。そのため、各部屋に必ずプロジェクターが設置されている。私自身は映画を殆ど見ないが、これが部屋にないと気になる。そのため、和樹くんの家のリビングにも設置させてもらった。
「わたくしは、お父様を説得しに行ってきますので、他の執事かメイドが持ってくると思います。なので、完全に内容はランダムになるかと。それでもよろしいでしょうか?」
「いい、よ」
「では、行ってまいります」
夕夏が部屋から去っていくときの背中がカッコいい。まるで、戦いへと赴く戦士のように見えた。実際、お父様という敵と戦うのだから、間違ってはいない。
それから、直ぐに別の執事が映画を持ってきて、再生をしてくれた。
内容は……この場の雰囲気と会っていない。それに、和樹くんの過去から考えても、あまり良くないものだというのは分かる。
途中まで見てそのことに気づいたので、他の映画に変えるというのも微妙。それに変に気を遣っているように捉えられるのも、嫌だった。
話は小さな子供を視点にして語られる。
その子が親から虐待されて捨てられた子どもで、他のあらゆる人間を信じられないという女の子だった。
彼女が心優しき里親と出会い、愛情を取り戻していくというストーリー。
私は、主人公の女の子が里親に優しくされて、最終的に泣き出してしまうシーンでもらい泣きをしてしまった。
その時に、チラッと和樹くんの横顔を見たら。
深く考え込むように画面を凝視していた。目を背けるでもなく、悲しむでもなく、トラウマが刺激されているわけでもなさそうだった。
ただ、自分の中で何かと向き合っているような、そんな真剣さが垣間見えた。
映画が終わった。
「ご、ごめ、んね。映画、大丈夫、だった?」
「ん? なんか、謝る必要あった? 普通に良い映画だったと思うよ」
映画を見終わってすぐに謝ったが、別に彼としては気にはしていないようだった。けど、あの考え込むような様子は一体……?
聞きたい。けど、風邪による疲れから眠気が襲ってくる。
そこで、本題のお願いをしてみる。
「和樹くん。私が、眠りに、つ、くまで、手を、繋いで、て欲しい、の」
彼はそのお願いを聞いた後、すう、と深呼吸をしてみせた。そして、恐る恐るといった様子で私の手を握った。
「無理、は、しない、でね」
そう言うと、和樹くんは、全ての生き物に安らぎを与えるような笑顔で言ってくれた。
「竹宮さんの手なら、もう、何時間でも大丈夫だよ」
その言葉を聞いた私は、右手から伝わる安心感に身を委ねて眠った。
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