第25話 和樹くんにあーんしてもらう(竹宮さん視点)

「雛乃ちゃんは和樹くんの作ったものなら、食べられそう?」


 同意というか、それよりも強い欲望を込めて頷いた。


 食欲がよりも、彼の作ったものなら意地でも食べたいという思い。食欲はないが、好奇心というか、私の中の和樹くんへの気持ちが先行していた。


「雛乃ちゃんは和樹の作ったご飯食べたら、元気になるって」


 香織お姉さまはそんな私の意思を読み取ってくれたような、完璧以上の翻訳をしてくれた。


「それで、和樹はできそう?」


「ああ、もちろん。俺の料理で竹宮さんが元気になるっていうなら、やりますよ」


 ノータイムで答えてくれた。目に見えてやる気がみなぎっている。


 私のために、感情の表層に表れるまでの意気を込めてくれるなんて……普段だったら、家に帰った際に夕夏に嬉々として、お話をしまくっているだろう。


「……それで、竹宮さんは何が食べたい?」


 和樹くんはそう私に聞きつつも、『辛いなら喋らなくて大丈夫』と言ってくれた。小さいな気遣いも、私を紅潮させてくれるもの。今だと、更に体温が上がりそうで困りものだけど。


 彼の気遣いを無駄にするのも悪いと思い、喋らないで意思を伝えようと、ベッドにあったスマホを取った。


 画面を見ると、香織お姉さまからの大量の着信履歴とメッセージが表示された。


 恐らく、私が気を紛らわされることなく横になれるように、夕夏がマナーモードに設定してくれたのだろう。だから、気づかなかったのだ。


 私は夕夏への感謝を感じながらも、香織お姉さまと彼女を動かした和樹くんへの不甲斐なさも感じていた。


 ちょっと複雑な気分になりながらも、スマホのメモ帳のアプリを開いて、食べたいものを書いてみた。


『松華ラーメンのラーメンを食べたいけど、ラーメンを食べられるかは分かりせん』


「ええと……」


 和樹くんがどうしようかと悩んでいる。そこに割って入ったのが、夕夏だった。


「多分ですが、お嬢様は喉の痛みや肺活量の減少で、ラーメンを啜るのが難しいから、そういう風に書いたのだと思います」 


 流石の頼れる、私の専属メイドの夕夏だ。私が上手く言語化できないところまで、和樹くんに伝えてくれた。


「なるほど……分かりました」


 和樹くんは少し考えた後に立ち上がった。自信みなぎる様子で、どこからちらちらと青い輝きのようなものを放っているようにも見えた。


「必ず! 竹宮さんが美味しく食べられるものを作ってみせるから待ってて、竹宮ささん!」


 そう宣言した和樹くんは部屋を出て行った。それに続くようにして、香織お姉さまも立ち去ろうとした。その間際に。


「雛乃ちゃんお大事に。体を休める時期だけど、和樹と距離を縮めたいなら、今はチャンスだぞ~。以上。お節介お姉さんから一言でした。じゃ! 今度は、普通に女の子二人で遊ぼうね! バイバイ!」


 と、言い残して去って行った。


「お嬢様が苦しんでいる最中なのに……なんてことを……やっぱり処すべきかしら」


 夕夏の反応は最もではあると思う。病人が病気を使って、人間関係を弄ろうなんて真っ当ではないだろう。


 けど、確かにチャンスではある。


 和樹くんには悪いが……悪いのなんて、今更。


 元々、和樹くんは女の子と距離を取りたがっていたのに、そもそも自分の都合だけで近づいていった自己中が私なのだ。


 香織お姉さまが前に言っていた『真の自己中』になって、私と彼が最高の未来を迎える。そのためには、何でもすべきなんじゃないかな。


 よし、決めた。後で仕掛けよう。


 と、考えていたら。本当に限界がやってきたのか、そのまま意識を失って寝てしまった。


◆ ◆ ◆


 最近は嗅ぎ慣れた匂い。


 世界で一番、美味しそうな匂い。


 宇宙で一番、魅力的で、安心する匂い。


 それが、私の鼻腔を刺激した。


 起き上がった瞬間は熱で視界がチカチカしていたし、頭痛でぐわんぐわんしているし、やっぱり喉も痛い。


 けど、嗅覚だけは、いつも以上に敏感になっていた。


 この、私が大好きな匂いがそこにある。だから、私は眼が覚めたのだ。


 ふと、ベッドの脇の見ると、何やら皿を持った和樹くんがいた。でも、どんぶりじゃない以上、ラーメンではない。しかし、私の研ぎ澄まされた感覚が言っている。


 あれは、和樹くんの匂い。彼から感じる松華ラーメンの匂いに違いない!


「あ、起きた? 竹宮さん?」


「う、うん」


 なんか、完全に寝起きの顔を見られるのってちょっと恥ずかしいな。


「一応、竹宮さんの言うとおりに作ってみたんだけど、どうかな?」


 ビジュアルは卵を使った雑炊のように見える。上には小葱が振りかけられているが、それ以外は特段変っているようには思えない。


 だが、食べたくて食べたくてしょうがなかった。これは和樹くんの作ったラーメンが姿を変えたものなのだと、感覚が告げている。


「いただいて、も、いい?」


「是非とも」


「いただき、ます」


 そして、食べようとした時に、脳裏に香織お姉さまの『今はチャンスだぞ~』が浮かんだ。今がその時!


「和樹くん。あーん、をして欲しいの。ごめんね、元気がなくて……」


 嘘ではないが、自分で食べらない程ではない。でも、あーんをして欲しい。これは和樹くんの女性と触れ合いたくない、というものには抵触しないはず。言い換えれば、私の計画には一切関係ないけど、あーんをして欲しい。その一心だった。


 和樹くんは一瞬、躊躇したように見えたが、雑炊を掬って、私に差し出して来た。


 それをパクリ。


 食べた瞬間に、安心感が体を包み込む。やはり間違いなく、和樹くんの匂い、松華ラーメンのスープをベースにした料理だ。これ以上に美味しいものは、この世に存在しないと思わせてくれるもの。


「どう、美味しい? 松華ラーメンのスープを倍に薄めて、ご飯を入れて作った雑炊なんだ。脂っぽくないように、ネギもいっぱい入れたよ」


 なるほど、やっぱり……。


「すっごく、おい、しい! もう一口!」


 そして、私は『もう一口』『もう一口』と和樹くんに雑炊をねだりながら、あーんをしてもらえるという二重の幸せに包まれて、心の栓一杯まで満たされるのであった。


「ごち、そうさま、でした」


「お粗末様でした」


 もう、風邪を引いた不幸よりも大きい幸運を手にしたと思っているが、ここからが『真の自己中』としての本領発揮だ。


「かずき、くん。心細い、から、今日、ウチ、に、泊まっていって……」

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