第24話 和樹くんが何故ウチに!?(竹宮さん視点)

「か、ずき、くん?」


 目の前にいるはずのない、私が執心してやまない男の子。味元和樹くんが、なぜか、私の自室へ現れた。


 なんで、和樹くんがここに……。


 連絡もなく行かなかった私に幻滅しててもおかしくないのに。


「あたしもいるよ~」


 香織お姉さまもいるってことは、和樹くんはわざわざ彼女に、私の家を聞いてここまで来てくれたんだ。


 そこまでして来てくれたという、嬉しさで胸がいっぱいになった。それだけで、心は元気百パーセントになったが、体の方は言うことを聞いてくれない。本来なら、私がおもてなしをしてあげるべきなのに……。


 でも、そんな浮き立ってしまった気持ちよりもまず優先すべきことがある。まずは、彼に誠意を見せるべきだ。そのためにも、ベッドから起き上がりたかったのだが、やはり力が入らない。


 だから、精一杯の思いを込めて。思いを込め過ぎて、申し訳なさと悔しさが溢れ出して、私の瞳のダムが少し決壊してしまった。

 

「ご、め、んね。自分から、誘った、約束、を、破る、なんて、最低な、女で……」


「いやいや、謝らないでよ。しかも最低な女、なんて言わないで欲しい」


「け、ど……迷惑は、かけ、たから、謝ら、ないと」


「確かに、迷惑はかけられたかもしれない。心配したし、不安だったよ。だけど、そんなに辛そうな竹宮さんを見たら、責める気にはなれないって」


「ううぅ、ごめん、ね。ありが、とう」


 そこまで言い切ってゴホゴホと咳をしてしまった。ただでさえ、情けない姿なのに、更にみっともない様子を見せるのは忍びない。


「竹宮さん、もう喋らなくて良いから。ゆっくりしてて」


「うん……」


 そんな和樹くんの私を心配してくれる声に幸福を感じてしまう。約束を破っても、そんな風に思ってくれるところに、彼の大きい優しさがあると思った。


 私が黙ったところで夕夏が「それで」と、二人に問いを向けた。語気は優しいものではあったが、何か気になるところがあるらしい。


「味元さんとそちらのお方は、どうやってここまで来たのですか? 普通なら門前払いされてもおかしくないと思うのですが」


「鳥飼香織だよ~覚えておいてね! メイドさん!」


 イェイイェイ、ピースピースとしながら名前を名乗る香織お姉さま。そんな彼女とは対照的に、夕夏の雰囲気が冷めたものになった。


「ああ、貴女が」


「な~になに、あたしのこと知ってるの?」


「突然で申し訳ないのですが、もうお嬢様に近づかないでもらって良いですか? 教育に悪いので」


 何か知らないけど、夕夏から険悪なものを感じる。私は嬉々として香織お姉さまのことを話していたけど、もしかしてずっとそう思ってたのかな。


 確かに香織お姉さまの存在が教育に良いとは思わないけど……仲良くして欲しい。


「ええー! やーだー、お断りしまーす。あたしは雛乃ちゃんを堕落の道へと導くんです~」


 彼女は悪感情をぶつけられても、飄々としている。あと、私は……堕落しません。香織お姉さまの可笑しいところは好きだけど、真似したいとは思えない。


「なんてことを……」


 夕夏は絶句してしまい、一瞬間が流れた。


「……結局どうやってお嬢様の自室まで来たんですか?」


「それは、鳥飼さんのお陰なんです……」


 和樹くんはそう言いつつも、どこか言うのを躊躇っているように見えた。


「いやー、そうなんだよ」


「この女が!?」


 香織お姉さまを敵対視しまっくているせいなのか、私の専属メイドの口調は今までにないほどの荒さを含んでいた。


「守衛さんに、雛乃ちゃんの友達です! って言ってら、『お嬢様は今、体調を崩しているのでお引き取りください』って帰らされそうになったのよ」


 和樹くんが恥ずかしいと言わんばかりに、こちらから目を背けている。そんなに、とんでもないことを香織お姉さまはやったのだろうか。


「だから、脅してやったのよ。あたしは、鳥飼財閥の跡取りの娘の鳥飼香織やぞ! ここを通さないなら、将来取引停止にしてやってもいいんだぞ! って。あたしとおじいちゃんのツーショット写真見せながら言ってやったわ!」


「うわあ……」


 うわあ……、私も夕夏とおんなじ反応を胸中でしてしまった。


 あれ、それにしても、香織お姉さまっておんぼろアパートに住んでるんじゃなかったっけ。本人から聞いたような……ということは、お嬢様ってこと自体が嘘? いやでも、私と同じお嬢様学校に行ってたのは事実っぽいし……。


 あれ、ということはもしかしたら……。


 ゴホッ、ゴホッ、喋ろうとしたら、咳が出た。そしたら、周りにいるみんなから「「「大丈夫(ですか)!?」」」と心配された。


 それでも、この発見を確かめないわけにはいかない。


「もし、かして。香織、おねえ、さま、嘘を、ついて、いません、か?」


「お嬢様、無理をなさらないで」


 夕夏から話すのを止められるが、逆にそれを私は手で静止して、話を続けた。


「嘘って、なんのこと?」


「財閥、の跡取り、娘ってところ、です」


 そう。本当に跡取り娘というのなら、あのおんぼろアパートに住んでいるのはおかしい。社会勉強にしても、やりすぎだ。恐らく、家族関係で何かしら問題がある。


「おおっ、鋭いね~。確かにあたしは、財閥の跡取り娘ではないよ。親とは喧嘩中だから、帰って来るなって言われてるんだ~。継ぐ気なんてないから、最悪な嘘ついたなって思ってるよ」


 その事実が明らかになった途端。夕夏の香織お姉さまを見る目が変わったのが分かった。


「鳥飼様」


「ん?」


「先ほどは『この女』と言ってしまい誠に申し訳ありません。つきたくもない嘘をついてまで、味元さんをここまで連れて来ていただき感謝しております!」


「私、も、ありが、とう、ございます」


 真剣な私たちの眼差しに鳥飼さんは驚いたようで。


「嫌だなあ。ただ可愛いバ先の後輩のために、一肌脱いだだけだってのに……」


 香織お姉さまは変な人だけと、やっぱり頼りになる先輩なんだ。


 そんなほんわかした部屋にトントンとノックがされた。夕夏が何の用かと、確認しに行った。


「どうやら、朝食のようです。お食べになりますか?」


「食欲が、ない。から、いらない」


 率直に答えた。夕夏が「でも、食べた方がいいですよ」と言ってくるが、食欲が本当にない。そのやり取りを見ていた香織お姉さまが何か閃いたように、和樹くんを指差した。


「和樹! あんた、雛乃ちゃんが食べられるもの、作ってあげなよ!」


 その言葉に私の沈んでいた食欲が一気に湧き上がってくるのだった。

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