第23話 和樹くんに会いたいのに(竹宮さん視点)
うん、今日の朝も良い天気!
自室のカーテンから差し込む朝日がやけに眩しく感じる。
まるで、今日という日を祝ってくれているようだった。
だって今日は、和樹くんとデートに行くんだから!
そして、ベッドから起き上がり、カーテンを開けようとして。
倒れた。
身体の節々が痛い。頭がずきずきする。冬の寒さとは違い内側から湧き上がって来る、鳥肌が収まらない寒さ。喉も腫れているような気がする。
部屋に誰かが入って来る音がした。
「お嬢様!? 大丈夫ですか?」
夕夏の声だった。彼女はそのまま近づいて来て私を持ち上げると、ベッドへと運んだ。
一回起き上がったと思ったのに、またまたベッドに戻されてしまった。
「ゆうかぁ、私。何ともないよぉ」
「どう見たって、そうは見えませんよ! とりあえず、寝ていてください」
部屋から大急ぎで出て行った夕夏が「主治医呼んで~!」などと叫びながら、廊下を走って行くのが分かった。
私、今まで生きてきた中で、何も病気とかしたことないけど、主治医がとかいたんだ……金持ちだからなのかな。なんて、どうでもいいことが頭に浮かんだ。
とりあえず、和樹くんに遅れることを連絡しないと……。
……あ、和樹くんの連絡先知らない。
今まで、彼の家に毎日行っていたから、連絡先を知らなくても今日まで特に問題はなかったのだ。
やってしまった……。
じゃあ、松華ラーメンに連絡を入れておこう……と思った。でも、朝っぱらから電話するのは迷惑じゃないかと思って、メールに一報を入れておいた。もう少し日が高くなったら、ちゃんとお話しよう。
そう思って、眠り直した。
眼が覚めると、お医者様らしき人が来ていた。気づけば、点滴の針が刺されていたし、おでこには冷えピタが張ってあった。
久しぶりに見た……白衣。
「症状をお聞きして良いですか?」
「はい……」
それから体に起こっている不調を説明したりして、多少の検査も行われた結果、診断されたのが……。
「風邪ですね」
「そうですか……」
ただの風邪だったら、我慢すれば動けるはずだ。お父様だって、忙しいときは、熱があっても働いていたはずだ。私はその人の娘なんだ。だったら、動けるはず。
今日は、今日だけは動かなくちゃいかない。
私が、私と和樹くんのために進めてきた計画が一歩前進するときなのだ。
それに、自分から誘っておいて、連絡も取らずに約束を破ってしまうなんて、あってはならないこと。そんなことをしたら、和樹くんに嫌われてしまうかもしれない。
そんな、事情もありつつ。
もっと、単純な思いがある。
和樹くんといっしょにデートに行きたい!
それが楽しみで楽しみで仕方なかっただけだ。
私はのそのそとベッドの外に出ようとした。だけど、近くにいた夕夏から強い語気で言われた。
「どこに行くんですか?」
そのきっぱりとした言いようは、私がやろうとしていることを見破っているようだった。
誰よりも私のことを見ている人だから、考えていることなんてバレバレなんだろう。
それでも、必死に誤魔化そうとした。『お花を摘みに行ってきます』と言おうとして……辞めた。夕夏に嘘をつきたくない。
「和樹くんに会いに……」
「……後悔しますよ。それでも行くんですか?」
「……うん」
そんなことを言いつつも夕夏は着替えるのを手伝ってくれた。二人で考えた和樹くんといっしょに水族館を回るためのコーディネートだった。
お医者様にお辞儀をして、夕夏に肩を支えられながら歩き出す。
正直なところは限界だった。熱で意識は朦朧としているし、頭痛でぐわんぐわんしているし、呼吸も荒くなっているし、足が言うことを聞いてくれない。
廊下に出たところで、意外な人物が待ち構えていた。
「……おとう、さま?」
私のお父様。竹宮英機がそこにはいた。普段は仕事が忙しくて家を空けていることが多いが、いつも家族のことを思ってくれている。そんな私の大好きなお父様がそこにはいた。
後悔するってこういう意味なんだ……。
「やあ、雛乃。大丈夫かい? 雛乃が珍しく熱を出したなんて言うから、パパ大急ぎで帰ってきちゃったよ」
「おひさし、ぶり、です。おとう、さま。熱、は、だいじょ、ぶ、です」
「そんな辛そうな顔をして、大丈夫なわけないじゃないか。だって、熱が40度もあるんだろう。さあ、部屋に戻りなさい」
「だめ、です。今日は、大事な、予定が、あるんです!」
心に強い灯を点けて、そう言った。お父様は、私の強い眼差しを見て驚いたようだった。けど、すっと、冷たい雰囲気を纏わせた。
これは……静かに怒っている時だ。
「そんなこと言うなら、もう和樹君には会わせないよ。バイトもクビにしてもらうようにお願いする」
「そ、それは……」
意地悪が過ぎる。本気で言っているとは思ってないけど、お父様にそれくらいの気持ちがあることが伝わってきた。
「パパも意地悪で言ってるわけじゃないんだ。でも親として……40度の熱がある娘を出掛けになんて行かせられないよ」
お父様はそれだけ言うと、端にいた使用人たち指示をした。私と夕夏はその人たちに囲まれながら、部屋に戻された。
◆ ◆ ◆
ベッドに横になると、夕夏が撫でてくれた。その優しさで涙がこぼれてしまった。
「くや、しい。くやし、い。よ。夕夏」
「雛乃の気持ちは痛いほど分かります。だって、ずっと頑張る貴女をお手伝いしてきたのですから」
「わた、し、がんばって、た、の。かな?」
「お嬢様は頑張り過ぎっちゃったんですよ」
「……?」
頑張りすぎちゃった? 私が。私なんて、ただ毎朝五時に起きて、変な格好をして和樹くんの家に行って。バイトがある日はバイトして。バイトが無い日は夕方、彼の家に行って一緒に夕食食べてだらだらして、帰って来るのは23時。週末も一緒に遊んだりして……。
なんにも、苦じゃななかったのに。
「お嬢様の風邪の理由をお医者様が仰っていました。過労だそうです」
「で、も! 私、疲れて、なんか……」
「それまでのお嬢様に比べたら、活動量は二倍くらいありますよ。それだけ、頑張ったってことです」
確かに部活もやってなかったから、いつもは夕方までには家に帰って来ていたし、朝もそんなに早起きをしていない。
「そんな、の、ただの、目的、の、準備でしかないのに。一番、大切、な、ところ、で、挫け、たら、意味、ないじゃん!」
私がしたかったこと。
それは、和樹くんの頭の中から、彼の母親が関連するすべての思い出を私の思い出で塗り替えることだ。だから、彼の家を勝手に改造し、朝、夕と一緒に過ごし、週末も遊んだ。
母親のことなんて、私が全部、忘れさせてやる。
そういう計画だった。
その計画の一つの集大成が、二人きりで出掛けることだった。
なのに、なのに……。
喉が痛くて、声を上げて泣くことも出来ず、ただただ、夕夏の腕の中で静かに丸まっていた。
もう、私は失敗しちゃったんだ。どうしようもないんだ。と思った。
しかし、奇跡が舞い降りた。
急に自室のドアが開いて、見慣れたシルエット見えた。
「大丈夫!? 竹宮さん!」
私の一番会いたい人、味元和樹くんが来てくれた。
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