第22話 お嬢様がいない!
今日は水族館に行く日。
正直、色々と考えてて今日はあんまり寝れなかった。勿論、いい意味で。
諸麦さんも同行しないということで、水族館までのエスコートは俺がしなくてはならない。
あのお嬢様のことだ。電車とかに乗ったことがなさそうだし、交通系ICカードも持っていなそうなので、切符とかも買ってあげないと。都心なので迷子になったら、大変だ。
あ、はぐれた時用に連絡先があったら楽だな……。
そういえば、もう出会ってから二週間以上も経って、ほぼ毎日一緒に朝食、夕食を食べたり、週末も遊んだりしているけど、連絡先を交換していない!
俺は普段、自分からは連絡先を聞いたりしない。竹宮さんもあんなに俺に構ってくるのだから、Rine交換くらい求めてくれれば良かったののに……。
いや、それを竹宮さんのせいにするのも違うか……。
今日は珍しくファッションに気を遣った格好にすると決めている。そして、人生で初めてだが、ワックスというやつを使って髪型も良さげなものにしてみる。
普段なら、面倒だからそんなことは絶対にしない。
しかし、今日。竹宮さんと二人で水族館に行く、女の子とお出かけするのは……よくよく考えてみると、デートではないか、と思ってしまったのだ。
俺は女性に触ったり触られたりすることへの恐怖感がある。だから、女性と二人っきりで一日を過ごすなんて、有り得ない。
そういう感情は確かにある。
けれど、竹宮さんと遊びに行く。その方が楽しそうだなと思っているからだ。
俺の心をそういう風に変えてくれたのは竹宮さんなのだ。
そして、そんな彼女と一緒に街を歩く。
みっともない格好ではいられない。竹宮さんに恥をかかせるわけには(別に彼女はそんな感情を抱きはしないだろうが)、いかないのだ。
万全の姿に変身を終えて、部屋の外に出る。
そこには、いつ見ても至高な竹宮さんが……。
いなかった。
とりあえずまずは、「竹宮さーん!」と大きな声で読んでみることにした。
が、家の中はシンとしている。
つまり、竹宮さんが来ていない……のか?
途端に不安になった。
家の中が、あの女の面影に浸食されそうになるが……、廊下に置かれている謎の絵画(何千万かするらしい)を見て、その気持ちを振り切る。
ここは、もうここは、俺が昔から住んで来た家ではない。竹宮さんに諸麦さんという家族ではないけど、信頼するに足りる人たちが来る場所になったのだ。
もうこの家は大丈夫だ。
まだこの家にいないとは決まったわけではない。
とにかく、竹宮さんを探そう。
俺は家の中を隈なく探した。リビングに和室に浴室、各部屋、トイレ。……昔、あの人が使っていた部屋以外はすべて。
あの部屋には流石にいないはずだ。
そこに隠れて嫌がらせをするような人じゃない。
家の中にはいないことが確定した。
正直なところ、家の中を探したところで竹宮さんが見つかるとは思わなかった。だけどそれは、竹宮さんが来ていないという事実を信じ切れなかったことの裏返しだ。
竹宮さんに何かあったのか……?
いや、でも使用人がいるような人だ。事件に巻き込まれるとは思えない。……ほんとうに?
約束をほっぽり出すようなことが起こった?
いずれにしても、竹宮さんが心配だった。
ヤバイ……連絡先を交換していないことが痛手だ……。
どうするべきか……。
そうだ、父さんなら、竹宮さんの連絡先を知っているのでは。バイトの面接の際に履歴書は受け取っているはずだ。それを見せてもらえればいいじゃん!
チャリに乗って、父が仕込みをしているはずの松華ラーメンへと全力で駆ける。
店の中に入った途端に、父さんに変な目をされる。
「あれ、お前。今日雛乃さんと出かける予定だったんじゃ」
「父さん! 竹宮さんの連絡先知らない?」
俺の焦り様を見て、父さんはどこか得心がいった風だった。
「雛乃さんが来てないのか?」
「そうなんだよ! だから、連絡先!」
「分かった、分かった」
仕込みを止めてバックルームに向かい、履歴書を探そうとする父。だがすぐに申し訳なさそうな顔を向けた。
「すまん! 雛乃さんの連絡先は、彼女のお父さんのメールアドレスしか分からないんだ。実は面接時に履歴書をもらってなくって……」
「なぜ?」
そして、父は竹宮さんとの契約が異質なものであることを説明した。いまいち要領を得ないないが、要するに竹宮さん自身の連絡先が分からないらしい。
「どうしよう……」
「まあ、そんなに焦らなくてもいいんじゃないか。待つのも手だぞ」
父がそんな呑気なことを言ってくる。でも、俺はのんびりとは待ってはられない。そういう気持ちなのだ。
悩んで視界を回していたところふと俺は、父が取り出した履歴書たちに視線が移った。
そこには、鳥飼さんの履歴書があった。
そういえば、竹宮さんは鳥飼さんのことを『香織お姉さま』って言っていたような……。仲良さそうだったし、もしかしたら、連絡先を知ってるのでは?
「父さん、鳥飼さんの履歴書借りるね。じゃ!」
何か言いそうな顔をしていたが、無視をして自転車に飛び乗る。一応、鳥飼さんにメッセージを送っておいたが、どうせ返信はないだろう。休日の朝なんて寝ているに決まっている。
履歴書に書いてあった住所に向かうとぼろいアパートが出迎えた。あの人、元お嬢様って話じゃなかったっけ? まあ、それはいいや。
204号室……。とりあえず、インターホンを連打。
ピンポーン! ピンポピンポピンポピンポーン!
「うるさいなあ! って和樹じゃん。どうしたの?」
ジャージ姿で寝癖で髪ぼうぼうな鳥飼さんが怒りながら現れた。
「ちょっと長くなんですけど、いいですか?」
「今度、何か買ってくれるならイイぞ!」
この人、年下に礼とは言え、物品をねだるんだ……。呆れる。
鳥飼さんは俺のトラウマを知っているためか、家の中に入れようとはしなかった。そのため、アパートの出入り口で話すことになった。
俺は、今起こっている事情を説明した。鳥飼さんはそれを聞いて竹宮さんのスマホに電話をしたのだが……。
「だめだな。繋がらねえ~」
「そう、ですか……」
やはり、父が言うように待っているしかないのだろうか。そう、諦めかけた時だったが、にやけ顔の鳥飼さんが顔を覗かせた。
「じゃあ、行っちゃう? 雛乃ちゃんの家に」
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