第21話 お嬢様からのお誘い

「お待たせしましたあ。ラーメン並と少なめ、濃いめ、硬めの並になります」


「「ありがとうございます」」


 着丼。


 トッピングにはほうれん草、海苔が三枚とチャーシューが一枚。豚骨の白と醤油ダレの黒が合わさった濃い色のスープの表面には鶏油チーユの層が出来ていて、とても美味しそうだ。


「いただきます!」


 竹宮さんが元気よくそう言った後、麺をリフトして、啜っていく。


「美味しい! 濃い醤油のキレと豚から溶け出したうま味が麺に絡んで最高ですわ! 濃いめにしたからなのかは分かりませんが、ご飯とも会いそうですね。と思ったら、都合よくライスがありますわ~」


 すっごいスラスラと食レポが出てくるな。俺も長年ラーメンを食べているけど、ここまで丁寧に『美味しい』と言ったことはない。


「あ、ありがとう! 眼前でここまで言って貰えたのは初めてです」


 店主の方に至っては、竹宮さんのラーメン感想に感激してしまっている。


 でも、竹宮さんが熱気で顔を赤くしながらずるずるラーメンを啜っている姿にちょっともやもやした感情を抱いた。


 竹宮さんが初めてラーメンを食べた時に見せたのは、幸せそうな笑顔や、夢中になって食べている姿でもなく、涙を流して呆然とする姿だった。


 泣いていた理由は分かっている。竹宮さんが探している人物と同じ匂いがラーメンからしていたという話だ。だけど、それでも、俺は、ウチのラーメンを食べて、純粋に喜んで欲しかった。


 そんなことを、一緒にラーメンを食べていて感じるのだった。


 あれ、そういえば、彼女がその時言っていた『恩人』を探したりしなくていいのだろうか? 今度、聞いてみようかな。


 そんなことを思っていたら、竹宮さんの丼に乗っていた海苔が残り一枚になっていた。どうやら、そのままラーメンと一緒に食べてしまったらしい。


「竹宮さん。海苔をこうやってスープにひたして、ご飯と一緒に食べるのオススメだよ」


「なるほど……んっ! 凄い! 海苔から香る磯の香りとスープが合わさったハーモニーが最高ですわ!」


 さっき食べ方を押し付けたことを後悔したが、オススメするくらいならいいだろう。本人も楽しんでいるし、店主の方もそう言われてニコニコしてるし。


 若干嫉妬しながらも、目の前にあるラーメンを更に美味しく食べて欲しい、という気持ちはあるので、俺は次のオススメを提供した。


「卓上調味料を使ってみても、味変ができるよ」


「なるほど!」


 竹宮さんは卓上に置いてあった刻みショウガとにんにくを入れた。


「ジャンクさのスープに生姜のさっぱりとした味わいが口の中を整えてくれますわ。逆ににんにくを入れるとパンチが増しますわね! こちらは力強さを感じて、とても美味ですわ!」


 俺も店主さんもうんうんと頷いてしまっている。


 そんな感じで、竹宮さんは完食した。


 俺もほぼ同時に完食。


「「ごちそうさまでした」」


 と、素晴らしいラーメンを提供した店主さんに感謝の意を込めた。そしたら、店主さんも、本気でありがたみがこもっていそうな声で言った。


「ありがとうございました! お気をつけて!」


 おお、『ありがとうございます』だけじゃなくて、『お気をつけて』まで言ってくれるなんて。やっぱり接客が丁寧な店で好印象だ。


 店の外に出て、朝の空気を吸って伸びをする。


 店の中は炊かれている豚骨の匂いが充満していて、それはそれで幸せな空間だった。そして、店の外に出ると、食べ終わったんだなーという気持ちになるのだ。


「竹宮さん。どうだった?」


「ん! 美味しかったよ! 松華ラーメンにはない味で、一口一口にワクワクが溢れてた!」


「ならよかった」


 というか、それ以外に答えはなかったんだろう。あれだけ、店主さんに伝えるようなリアクションをしてれば、そのくらいは分かる。


 でも、やっぱりちょっとだけあの店主さんに嫉妬した。


 そうだ! 今度、俺が創作でラーメンを作って、それを竹宮さんに食べて貰おう。その時に、過去最大級に喜んでもらえればいいのだ。


 よし、そうしよう。


 密かな決意を固めていると、竹宮さんに話しかけられた。


「あ、和樹くん。帰る前にちょっとそこの公園寄って行かない?」


 そこは隣町の駅前にある小さな公園。ブランコとてつぼうがあるだけの場所だった。草ぼうぼうというわけではなく、プランターに植えられた花々が整えられていて、小奇麗な印象を受ける。


 そんな公園のブランコに座って、小さく揺れる竹宮さん。


 普段の竹宮さんなら楽しそうに漕いで、ぐわんぐわんしていそうだが、今日はそういう風には見えない。


 ブランコの鎖を強く握りしめて、うつむいている。と、思ったら、なにやら青い炎がみるみるうちに灯りだした。


 それは、決意の光。


 なにやら、彼女は今ここで、決心をしたようだった。


「和樹くん。今度のゴールデンウィーク……私と水族館に行かない?」


「……二人で?」


「うん。そう! 夕夏もなしで」


 諸麦さんもついて来ないということは、本当に二人だけ。ということになる。ラーメンを食べてに行くのとはわけが違う。


 出会った時の竹宮さんだったら、いくらお世話係という立場があるにせよ、断っていただろう。女性と二人きりは怖い。


 それに、水族館は……。


 でも、今の竹宮さんは、俺の嫌がることを絶対にしない。寧ろ、この前、竹宮さんに触れたような何か良い変化を与えてくれる青い輝きがある。そんな信頼と期待に心が絆されている。


 だから、俺も決めた。


「わかった。いいよ。行こう!」

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