第20話 お嬢様と朝ラーメン

 この前、どうして俺は竹宮さんを触ることができたんだろう。


 女の人から仕方なく触られるときは、仕方ないと、嫌な気分になりながらも我慢する。病院などで看護師さんから検査や、処置を受けるときなどがそれだ。


 多少は自分の女性との触れ合いに対して耐性ができていると思っていた。


 しかし、この間、竹宮さんと繋いだり、抱きしめられたりした時は、明確に嫌悪感が体中を蝕んでいた。


 つまり、俺にとって女性と触れ合うということは未だに、禁忌でしかなかった。


 だが、何故か、この間、竹宮さんに触れることが出来た。


 彼女が怪我をしていて、咄嗟に手が動いたからなのだろうか。


 でも、それだけの理由では俺の身体は動きはしない。少なくともは動かなかった。緊急事態だって、俺のトラウマに侵されてしまった身体は、活動を勝手に阻害する。


 でも、ただ一つ分かっていること。


 それは、竹宮さんに触れても嫌な感情を抱かなかったこと。


 その時だけのことかもしれない。


 けど、から止まってしまった時間が動き出しているように感じていた。


◆ ◆ ◆


「和樹。今日、朝ラーメン食べに行く話だけど、父さんはパスで」


 朝、自室にやってきた父がそんなことを言った。


 え、なんで? と思ったが、その理由は明白だ。


 隣に金ぴかの甲冑を来た人がいる。顔にもマスクのようなものをつけていて、誰だか判別できない。


 顔で誰だか分からなかくても、こうして家にやって来る人は誰だか分かっている。


「竹宮さん……だよね?」


「そうだよ~!」


 兜を外して、出て来たのは、いつも通りに健康的な肌色があって、血行が良さそうな竹宮さんの顔だった。


 いつもは美しいとか、可愛いとか、そんな感じの感想を抱くのだが、今日は恰好が格好だからか、どうしてもかっこよく見えた。


 それをすぐに脱ぐと、私服姿の女の子が表れた。


 水色のワンピースにレースのカーディガンを羽織った、いかにもお嬢様といった格好だった。竹宮さんは、ここ二週間くらい毎日家に来ているが、私服姿を見るのは実が初めてだった。


 かっこいいからかわいいへの変化が見事だ。


「今日はね、子どもの日……ゴールデンウィークも近いから甲冑を着て来たんだ~」


「あ~、なるほどね。今日も凄く驚かされたよ!」


「それなら良かった~、流石に今日のは怖いかなって……」


 中身は竹宮さんだって分かってるから、別に怖くない。それよりも、あの甲冑が纏っていた金は本物なんだろうか。本物なんだろうなあ。


 それにしても、ゴールデンウィークか……。毎年、店の手伝いばかりをしていたから、特に意識をしていかったな。今年は竹宮さんに連れ出されそうな気がする。


「それで、今日は俺と一緒に朝ラーメンを食べに来たってことで良いの?」


「うん! そうそう! 朝からラーメン……結構楽しみ!」


 どこの情報源から俺が朝ラーメンを食べに行くことを知ったんだろう? と思ったが、そもそも父しか知らない以上、父が話をぶん投げた以外ない。


 別に誰と一緒に食べに行ったっていい、ラーメンはそういうものだ。


「じゃあ、行こうか」


「うん!」


 ということで、自転車に乗って朝ラーメンがやっている店へと向かって移動した。


 この間、竹宮さんに自転車を教えた日は転んだことでお開きになった。しかし、その後独学で練習したらしく、普通に乗れるようになっていた。というか、もう既に俺よりも上手な可能性すらあった。


 男の俺が本気で漕いでも着いてこれるし、車通りの多い車道を走ってもビビったりしないでスイスイ漕いでいる。


 それだけできるので、もう転んだりする心配はなさそうで安心している。


 で、ついたのが隣町の駅前にあるラーメン屋。赤い看板に白い字の文字という、とにかく赤い看板が目立つ店である。


 開店直後の時間を狙って来ているので客は少ない。


「いらっしゃい!」


 店主と思われるワンオペで回している男の良い声が店内に響き渡る。元気な接客をしてくれるだけで、いいラーメン屋だなと思ってしまう。


 券売機で朝ラーメンの食券を買う。値段は500円。


「和樹くん、和樹くん。私、醤油ラーメンが食べたいんですけど、ここは『ラーメン』しか無いんですね」


「ここは多分、基本的に一種類のラーメンしか提供していないんじゃないかな?」


「……凄いですね! 一品勝負のお店なんですね!」


 そう言うと納得して、期待を込めた満面の笑みで食券を買っていた。


 彼女は、恐らくうちのラーメンしか食べたことがない。松華ラーメンは、個人経営で長くやっているので、色々なメニューに手を出している。そういうラーメン屋がデフォルトだと思っているのだろう。


 でも、このラーメン屋さんも可哀想だな~。舌が肥えていても不思議じゃないお嬢様に、『一品勝負』と期待されるのは。


 そんなことを思いながら食券を渡す際に。


「全部普通でお願いします」


「ライスは要りますか?」


「半ライスを」


「あーい。かしこまりましたあ」


 で、竹宮さんも食券を渡す順番が回って来る。俺は少し説明をしようと思ったのだが、そうする前に食券を渡していた。そして。


「油少なめ、麺硬め、味濃いめでお願いしますわ。あとライスもお付けください」


「かしこまりましたあ」


 と、初心者なのに、何故か通みたいな注文をするのであった。


 一緒に椅子に座って、そのことを聞いてみた。


「あれ。店内に張り紙があって、好きに選べるらしいから、選んでみたの。ライスもあるといいらしいのも書いてあったから」


 確かに店内の目立つところには、そのようなものが書かれていた。しかし、俺的には少しこの竹宮さんの注文が気に食わなかった。


「最初は普通で頼まないと、その店の『普通なラーメン』が分からなくない?」


「……そうかもしれない」


 そうだ。一見の店に行くときはそうあるべきなんだ。


 ラーメンよりも早く、ライスが置かれる。


 その際に、店主さんが言った。


「初めてでも好きに注文したほうがいいっすよ。そうやって、食べ方を強制するようなことは良くないです」


 確かに、と思った。うちのラーメンにとんでもない量のコショウやニンニクを入れるお客さんがいるが、それはその人の勝手である。個人がそこに文句を挟むなんて、ナンセンス極まりない。


「それは、そうですね……ごめんね、竹宮さん」


 ただ、竹宮さんの頭上にははてなマークが浮かんでいる。


「和樹くんの食べ方も良いな~、って思ってたから別に嫌な思いしてないよ」


 そんな純粋な竹宮さんがいた。それを見て後悔が押し寄せる。


 ラーメンに拘りがあるからこそ、めんどくさいことを言ってしまった……。と反省するのであった。

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