第18話 お嬢様が毎朝コスプレする理由
目が覚めた。
昨日は夢も見ずにぐっすりと寝れた。こんなにも快適に寝られたのは、あの事件を経験して以降、初めてのことなのかもしれない。
ベッドから起き上がって、カーテンを開ける。眩い朝日が舞い込んで来た。それを見て今日もいい天気だなあと思うくらいには心が軽い。
昨日はとにかくハチャメチャだった。
朝っぱらから家の中にメイド服を着た竹宮さんがいて、リビングに降りてみれば、もう俺が知っているリビングではなくなっていた。朝食はメニューだけ見るなら普通ではあるが、どれも最高級の食材が使われていて。
高級車で松華ラーメンへと送迎されたり、学校では竹宮さんに話しかけられたり、放課後には自転車を選んであげたり、夕食はみんなですき焼きを食べたりと。
昨日起きたこと……いや、あれは全部竹宮さんが起こしたんだろう。
なぜ彼女がああいう行動を取ったのかは、俺には分からない。
けど、俺はすごく……すごく……。
楽しかったのだ。
何一つ思い悩むことなく、日常? を味わえた昨日が楽しくて楽しくて仕方なかった。
だから、起きた時ちょっと残念だった。
ああ、あの昨日は昨日だけのものだったんだろうって。そう思ってしまった。
俺は、ちょっとだけ気分を落ち込ませながら、着替えを終えて部屋の外へと出ようとした。
そこから先はまたあの人との影を思い出す家の中を出るために、心を凍らす。
ガチャ。
ドアを開けた途端、一瞬にして、俺の心は解凍された。
チャイナドレスを着た竹宮さんが、俺の部屋のドアの前で立っていたからだ。
「へい、お兄サン! 朝の朝食は? 中華、和食、洋食? どれにするネ!」
「……じゃあ、折角なんで中華で」
どうやら、今日も我を忘れさせてくれるような日常が始まるらしい。呆れつつも、どうしてもワクワクして、朝の間はずっとニヤニヤを隠そうと必死だった。
◆ ◆ ◆
そんな風に毎日、竹宮さんは謎のコスプレをしながら、俺の家に朝っぱらから来続けた。
因みにチャイナドレスの次は、女剣闘士の格好(ちょっと露出が多い)。その次は物語のお姫様のような着飾ったドレスだった。個人的にはそのドレスアップした彼女が一番良かったと思う。
放課後もバイトまで毎日一緒に過ごして、夕食も毎度一緒だった。
そんな風に俺の日常が竹宮さん色に染められつつあった。
そして、土曜日が訪れていた。
俺は週五でバイトが入っているが、今日は休みだったので、遂に竹宮さんに自転車を教えることになったのだ。
で、呼ばれたのが、野球場。
なんでも、竹宮さんのお父さんが運営している会社のグラウンドらしい。今日はここを貸し切りにして、竹宮さんに自転車を教えることになったのだ。
綺麗に整備された土の上で一人ぽつんと待たされていた。
アウェーな場所で一人待たされているというのも辛い。諸麦さんに案内してもらって「お嬢様の準備がありますので、少々お待ちください」と言われて待っている。
ドォーン!
爆発音が鳴り、炎が噴き出す。
うわあ、びっくりした。静かな球場の中にいたから、いきなりの轟音が耳の穴を蹂躙していった。それにしても、この手の込んだ演出は一体全体なんなんだ。
球場後方から諸麦さんが運転する自転車が出て来た。その後ろには竹宮さんが乗っているのが分かる。
そして、そのままチャリで近づいて来た諸麦さんと竹宮さん。
「オラオラ! 雛乃お嬢様のお通りじゃい!」
「なめんじゃねーよ!」
と言って、俺の目の前で後ろに乗っていた竹宮さんが降りて、啖呵を切った(どうしてもにやけが抜け切れていないが)。
今日の竹宮さんの格好は所謂、スケバンというものなんだろう。セーラー服に長いスカート、潰れたような学生鞄を持っていて、髪が鳥飼さんのような金髪になっていた。
おお、凄い。それっぽいなあ。
「ねえ、和樹くん。そこそろ感想をもらってもいい?」
メンチ切っていたポーズからいつものゆるふわな竹宮さんに戻って、ちょっと照れたようにそんなことを聞いてきた。
「その格好についての感想?」
彼女はうん! うん! と言いたげに首を振った。
ここ一週間は毎日、代わる代わる変身していた竹宮さん。しかし、今日まで特に感想を求められることはなかった。
なんで今日なんだろう? 一番凝ってたのも、可愛かったのも今日ではないと俺は思っているんだけど。
まあ、その疑問はあとでぶつけてもいい。とりあえず今は、実直に俺が竹宮さんのコスプレに思っていることを言えばいいのだ。
「いつも驚かされるのそうだけど……どんな格好でも可愛いよ。顔もよくてスタイルも良いから、似合わないものがない」
素直に感想を伝えた。
そしたら、照れ笑いのようなとんでもなく可愛いはにかんだ笑顔が野球場の中で展開した。土に覆われたグラウンドから草花が生い茂り、踊り出しそうなまでの、天地創造の光に違いなかった。
「えへへ、なめんじゃねーよ!」
竹宮さんが褒められた恥ずかしさに耐えらなくなったのか、スケバン風に戻り潰れた学生鞄で殴ってきた。思ったより痛かったが、微笑ましいのでセーフ。
「それにしても、どうして今日は感想を聞いてきたの? いつもは聞かないのに」
「そ、それは……」
スケバンコスプレお嬢様は言い淀んだ。その様子は何かの羞恥心に耐えているようだった。
それを見かねた諸麦さんが割って入った。因みに彼女の格好もスケバン風だった。今日は世界観を維持しに来ているらしい。
「お嬢様は、実は色々な格好に変身するのが恥ずかしいと思っているんです。でも、今日の格好は学校での格好と近いから、照れくさくないんです」
確かに言われてみれば、セーラー服だしそうかもしれない。
なるほどね。
でも、だったら……。
「恥ずかしいなら、別にコスプレする必要なくない?」
そう思ったことを言ったところ、竹宮さんは明らかに悲しそうな表情をした。世界がまるで凍ってしまいそうだった。
「私のコスプレ嫌い? 好き?」
真理を問うてきそうな真剣な眼差しから放たれた質問に、俺は答えた。
「好きだけど……」
「見てて楽しくない?」
「楽しいけど……」
「じゃあ、いいよね! 私、和樹くんが楽しんでくれるなら、それが一番だから!」
「なら、分かったよ」
竹宮さんは眼には青い光が宿っていた。つまり、何かを決めて毎日、様々な格好をしているということだ。あの熱量を俺は邪魔したくはないのだ。彼女がそれなりに、思うことがあってやっているなら、言うことはなかった。
けど、強いて言うなら……。
「俺も毎日、竹宮さんがどんな格好で目の前に現れるのか楽しみにしてるから。期待して待ってるよ」
「うん! ありがとう!」
新年の日の出よりも効力がありそうな笑顔が輝いた。
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