第17話 お嬢様は俺のことを慕っている
さて、自転車売り場に来たはいいがどうするべきか?
竹宮さん曰く、『オススメのを選んで』もらうとのことだが……。自転車って普段どうやって選んでたっけ。
普通に考えるなら自転車の種類、値段、メーカー、インチ、重さ、かご、デザイン、とかになるだろうか。
ここら辺を竹宮さんの好みに合うようなものにチューニングすればいいと思うけど……自転車というものに一切関わりなかった人だからなあ。どういう基準で選んだらいいのか分からないな。よし。
「……店員さんに決めてもらってもいい?」
「絶対ヤダ! 私は、和樹くんに決めてもらったのがいい!」
楽な手段を取ろうとしたが、ものの見事に却下された。俺のその言葉に竹宮さんはちょっと怒っているように見えた。なんで?
普通に考えるなら、素人でしかない俺よりもその手の専門家に聞いてもらった方がいいはずだ。適当に高いものを勧めてきたら、俺の方で断ればいいだけのこと。
ここは説得するべきだろう。
「竹宮さんは、どうして俺に決めてもらいたいの?」
「それは……」
竹宮さんは明らかに言葉を詰まらせて、困っているように見えた。特に理由がないなら説得するチャンス――と一瞬思ったが、だったら普通は怒ったような反応をしない。
と、そこで、諸麦さんが、竹宮さんに何かを耳打ちした。
何を聞いたのかは知らないが、竹宮さんは見て分かるほど頬を赤くして言った。
「それは……私が和樹くんのことを慕っているから」
先ほどまでとは違って随分ストレートな物言いだった。でも、太陽が薄雲に隠れても尚、光が見えるように、彼女がその言霊に込めた思いというのは伝わってくる気がした。
出会った頃と今の竹宮さんの印象は違う。真っ直ぐなのは間違いないが、今の彼女には秘められた力強い青い輝きがある。だからこそ、その言葉を一般的に捉えていいのか迷うのだ。
それだけではない。純粋に俺は女性に好きになって欲しくないと思っている。あの人から与えられた傷が異性からの好意に対して恐怖感を植え付けている。
変わった彼女と、変わらない俺、それが『慕っている』の意味を図り兼ねていた。
あんまり、聞かない方がいいのかもしれない。けど、聞かないと分からない。
「慕ってるって、俺のことが異性として好きって意味?」
「……まだ、分からないよ。けど、和樹くんは私の恩人で。もっと仲良くなりたい人。だから私は慕ってるって言ったんだよ」
あの熱量がある青い優しい炎を持つ笑顔が俺を包んでいた。そんな彼女の言葉に何一つ嘘はないんだろう。
分からないか……。
俺は知っている。何かに取りつかれたように独りよがりで確信的な愛に溺れたあの人を。それとは違って、自分の気持ちが『分からない』と、純粋を貫き確かめながら進もうとしているのが竹宮雛乃という女の子の姿勢だった。
本当に穢れがない。
心持ちが美しい。
「お嬢様学校に行っていた時。親愛の確証として、プレゼントを交換するのが流行ったの。それと似たような感じかな。私は慕っているあなたから選んでもらったものが欲しい」
竹宮さんの俺に対する感情の在り方はどこまでも真っ直ぐなのが伝わった。いくら俺があの人と同じ穢れた血が流れているとは言っても、この純粋さ溢れる少女の気持ちを害していいはずがないのだ。
……いや、そんなのは建前かもしれない。
ただ、竹宮雛乃に灯った青い輝きを、消したくなかったのだ。
あの輝きは俺をどこかに連れて行ってくれる。そんな気がしていた。
俺は決めた。
「竹宮さんが、自転車選びにそこまでの意味を見出しているのなら……分かった。俺が真剣に考えて、選ぶよ」
そう言うと、竹宮さんは思いっきりいい笑顔で笑ってくれた。
◆ ◆ ◆
自転車選びと、バイトを終えて帰路についていた。今日は父さんも一緒だ。
結局、なんだか竹宮さんには青いイメージが着いてしまってので、青い自転車を選んでしまった。あとはとにかく転んでもいいように軽くて、頑丈そうなのを選んだ。
父とは朝ラーメンの話をしていた。どうやら、近場の家系ラーメン屋が朝ラーメンを始めたらしい。今度行ってみるか。
家に帰って玄関に入った時だった。
「お帰りなさいませ! 和樹くん。お父様」
デジャヴだ。この光景、今日の朝も見たぞ。またまたメイド服を着た竹宮さんが、俺の家で待っていた。
「ただいま~雛乃さん。ほら、和樹も」
「た、ただいま?」
父は特に違和感を感じてないように見えた。なんでこの人平然としてるの? この驚きのなさは、絶対に裏で父と竹宮さんたちが密かに繋がっている証拠だと見た。だから彼女は朝も家にいたのね。
「さあさあ、和樹くんもこっち来て」
言われるがままに、リビングに入る。
やはり、もう俺が知っているリビングではない。しかし、あれだけ毛嫌っていた場所に平然と入れるようになるとは思っていなかった。
そして、ガラス張りのテーブルには料理が並べられていた。どの料理もホテルで出てきそうなもので美味しそうだったのが、中央にある鍋とそこから漂ってくる匂いが一番目立っていた。
「これってすき焼き?」
「そう! すき焼き! お父様に聞いたら好きだって言ってたから」
「それは、そうなんだけど……」
もうなんでも話すじゃん。まあ、そこまで困ることはないけども。
「では、皆さまお揃いのようなので、よろしいですか」
諸麦さんが肉を用意していた。見たことが無いほど霜が差していて、美味そうなことこの上ない。
「「「いただきます!」」」
竹宮さんと、父、俺の声が重なる。
「じゃあ、まずは和樹くんからどうぞ!」
すき焼きのタレに浸されてしゃぶしゃぶした肉を食べる。
美味い! こんなの食べたことがない。
どんどん追加される肉を食べたり、鍋に入っている野菜や豆腐等も食べる。全部美味しい。
それにしても、久しぶりにすき焼きを食べた。
あの事件があってから、俺はリビングでご飯を食べることが無くなった。当然だ、そもそも入りたくもないのだし。
だから、鍋料理なんて食べる機会がなかった。
でも、こうして今、皆で、すき焼きを食べている。あの頃とは違う味付け、あの頃とは違う高級な肉、あの頃とは違うメンバー。
あの頃とは何もかもが違うが、こうやって家の中で同じ釜の飯を食べていることに至福を感じていた。
「和樹くん、なんで泣いてるの? もしかして美味しくなかった!?」
そっか、俺泣いてたのか。でもそれは美味しくなかったからでも、悲しかったからでもない。
「美味しすぎて……かな。今日は本当にありがとう、竹宮さん」
「えへへ、和樹君が喜んでくれているなら、良かったよ」
俺は喜んでいるんだ。
心が温まる空間が帰ってきた。その嬉しさと懐かしさから涙がこぼれてしまったのだ。
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