第16話 お嬢様、ホームセンターへ行く
仕込みの手伝いを終えて、竹宮さんのメイドである諸麦さんの運転する車に送ってもらい学校へと到着。
因みに、お嬢様の卵の殻剥きは、最初の一回以降、特に失敗していない。ちょろっとコツを教えただけなのに、すぐに出来てしまった。やはり高スペック。
学校で竹宮さんは、俺に話しかけて来なかった。
竹宮さんは、いつも女子たちに囲まれている。彼女は、どうしても無知でそのくせ好奇心旺盛だから危なっかしい。そんな庇護欲を掻き立てる存在のため、女子たちに守られている。
俺も俺で、職業柄でもあり、ずっとこの地域に住んでいることもあるので、男友達がたくさんいる。
そんな感じで、互いが互いに別のグループに属しているので、そもそも話しかける必然性がなかった。
というわけで、朝のドタバタから解放され、いつもの通りに授業を受けて、帰ろうとしていた時だった。
「和樹くん! 今日の放課後は何か予定ある?」
竹宮さんが俺に話しかけてきた直後。
『雛乃が男を下の名前で……』『誑かされた?』『いくら人当たりが良い奴だからって』と女子からは言われて、男子からは『竹宮さんはヤバいって』『羨ましい』『放課後……エッチだな』とか、教室がざわめき立った。
「ど、どうしたの? 竹宮さん。いきなり」
俺も学校では話しかけてこないだろうと高を括っていたので、クラスの連中と同じように動揺してしまった。
「だから、放課後の予定を聞いてるの」
「あ、ああ~、放課後ね」
周りからの視線が痛い。ナルシストなわけではないが、俺もこの学校ではラーメン屋の倅としてある程度名が知られている。しかし、普段は親しみの目で見られるのであって、こういう、色々な感情を向けられるのは初めての経験だった。
「今日はバイトあるから、それまで図書館で時間を潰す予定だよ」
「だったら、バイトまでの時間付き合ってもらってもいい?」
その言葉で、教室に雷が落ちたような衝撃を皆が受けているのを感じた。そりゃ、学校一の純粋箱入りお嬢様が、男を誘っている。そんな光景に驚かない奴はいない。
うわあ、答えづらいなあ、と思った。
そんな自分とはうって変わって竹宮さんは、尻尾をぶんぶん振る子犬のように、俺からの言葉を待ちわびているように見えた。周りなんて一切気にしていない純真さの権化が目の前にいた。
でも、その純粋さに報いる必要はあるように思えた。周りの目なんて気にしなくていいのなら、そっちの方が良い。彼女の方が人として正しい。だから、俺は変に間を置かずに答えた。
「うん、いいよ」
「やった! ありがとう。じゃあ、後でね」
学校では正面から見ることが出来なかった竹宮さんの笑顔が俺を貫いた。花火のように煌びやかで見る者を魅了する芸術そのものだった。
竹宮さんが満足そうに去っていくと、俺と彼女を取り囲むように別々に円が出来た。『いつからだ! いつから!』『お前、女嫌いじゃなかった?』などの質問が着たが、一番多かったみんなの疑問は『どういう関係?』というものであった。
竹宮さんはそれを読んでいたかのように、教室中に響き渡るように答えた。
「秘密! 今はまだ!」
で、俺もそれに便乗して、男どもには『秘密らしい』と答えておいた。それだけだと、質問攻めに遭いそうだったので、俺はとっと教室から消えた。
俺は職員用の駐車場に来ていた。着いた時は諸麦さんにここで降ろしてもらったので、帰りもここだと踏んだのだ。
少し遅れて竹宮さんもやって来た。
「ふう、ごめんね。なんかみんなが興奮しちゃって。ちゃんと『これ以上聞いてこないで』って言ってきたから、明日からは大丈夫だよ」
「ご苦労様」
竹宮さんは学校一純粋な箱入りお嬢様として知られているが、一方で実はクラスのリーダー的立ち位置でもある。
彼女は純粋で優しいから、クラスの皆から慕われている。そんな人に本気で、『これ以上聞いてこないで』と言われたら、興味本位だけで質問をするのは申し訳なく思ってしまうだろう。
それに竹宮さんがわざわざそこまで言ったということは、嬉しいことでもあった。変な形で注目された俺のことを心配してくれたのだ。純粋なだけではない、優しいお嬢様なのだ。
「で、竹宮さんは何に付き合って欲しいの?」
「それはね……自転車選び!」
そう言えば、朝の時、諸麦さんが『お嬢様は自転車を知りません』みたいなことを言ってような気がする。
「自転車を買いたいってことでいいの?」
「うん! そういうこと。私、自転車を見たことしかないから、和樹くんにオススメのを選んでもらおうと思って」
いかにも世間知らずと言った風な話だ。自転車に乗ったことが一切ないというのも珍しいことだと思った。
そんな俺の感想は置いておいて、心配なことが一つある。
と思っていたら、諸麦さんの迎えが到着して、車に乗せてもらった。
「それで、味元さん。どちらで自転車を選びます?」
地元のサイクルショップでも良いけど、今回は選択肢を増やすために――。
「ホームセンターに行きましょう」
「わかりました」
「ホームセンター? なにそれ!?」
隣に座っている竹宮さんは隠し切れない好奇心を露わにして、落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。
◆ ◆ ◆
諸麦さんの俺たちを気遣った最高の運転技術で揺られること十分程、地域にあるかなりデカいホームセンターへと辿り着く
「着いた! ここがホームセンターなんだ。広~い。あっ! 見て和樹くん、カートに乗っかっているワンちゃんがいるよ! かわいい! あっちには、沢山のお花がある」
恐らく竹宮さんはホームセンターに初めて来たのだろう。だからこそ、テンションがぶちあがってしまっていて、犬のように目がキラキラしている。
「和樹くん! 自転車を見る前に、ちょっと店内一周してきてもいい?」
「ダメですよ! お嬢様。味元さんはこの後、バイトあるんですから、ゆっくりしてる時間はないんです」
「あっ、そうだった……じゃあ、今度また来ようね! 絶対だよ!」
「あ、うん」
ナチュラルに『絶対』という言葉を使われてしまった。正直、ホームセンターは、女の子と二人で来るような場所じゃないと思う。けど、まあ、竹宮さんが楽しそうならいいのかな。
「じゃあ、自転車を見に行こうか」
と、ここで気づいた。竹宮さんの初めてのチャリの選択肢を増やすのはいいけど、品数の多いホームセンターの方が選ぶのが大変じゃん! オススメするのは俺なのに!
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