第14話 お嬢様の青い輝き
俺の第二の実家である松華ラーメンへと着いた。
そうすると、勝手に車の扉が開いた。
うお、タクシーみたいだ、すっげえ。
「ありがとうございます」
俺は運転してくれた諸麦さんにお礼を言って車の外に出た。竹宮さんも、俺に続いて外に出た。
そして、二人並んでまだ暖簾をかけていない松華ラーメンへと入る。
いつもは静寂の中、父が厨房の方で作業している音が聞こえて、『よし、俺もやるかあ!』と気合が入るのだが、今日は違った。
テーブル席で突っ伏している人……鳥飼さんがいるからだ。
「鳥飼さん……あの、どうしてここに?」
反応が無い。寝ているのか。
女性とあまり触れ合いたくはないが、ここで放っておいても後々絡まれそうなので、ハエたたきを使って起こしてみることにした。
優しめに金髪を叩いたら、むくっと起きた。
「あ~、和樹と雛乃ちゃんだ~。二人揃って、職場に来るなんてラブラブだ……うっ、ちょっと気持ち悪い。吐いていい?」
「ダメですって! 竹宮さん、あの酒カスをトイレまで連れていってあげて!」
「う、うん。分かったよ」
顔を真っ青にしていた鳥飼さんを見て、竹宮さんは焦ったのか、急いで酔っぱらいを引きずってトイレへと連れて行った。
「大丈夫かな? 夕夏に頼んで病院に連れていった方がいいかな?」と純粋な竹宮さんは鳥飼さんのことをかなり心配しているように見える。だが、別に問題はない。だって、どうせ二日酔いなのだから。
トイレから出てきた鳥飼さんは少しだけスッキリしたように見える。その様子を見て竹宮さんも安心していた。
「それにしても、どうして昨日はそんなに飲んだんですか?」
俺は酒カスにそう尋ねた。
鳥飼さんはとりあえず、バイト終了後には酒を飲む。しかし、いつも飲む量はジョッキ一杯程度。彼女曰く、ほぼ酔わない程度くらいしか飲まない。つまり、この人がそれだけ盛り上がる何かが昨日の仕事終わりにはあったということだ。
「それは昨日が滅茶苦茶楽しかったから! だよね、雛乃ちゃん!」
「はい! そうですわ! 香織お姉さま!」
え? 香織お姉さまって今言った。この純粋な箱入りお嬢様が、あのヤニカス酒カスパチンカスの教育に悪影響しかなさそうな鳥飼香織さんのことを、お姉さま!?
マジで昨日は何があったんだ……? 割と気になる。
「そんなに昨日の営業後は盛り上がるようなことがあったんです?」
「まあ、そうだねえ。雛乃ちゃんから色々と話を聞かせてもらったよ。彼女、キミのことで悩んでいたようだから」
「ちょっ、香織お姉さま!?」
「そう、だったんですか」
竹宮さんも驚いていたが、俺も意外だった。今日の様子だったり、送られてきた写真から察するに、竹宮さんは昨日も元気いっぱいなのだと勝手に思っていた。それに、あまり何かを悩むような人でじゃなさそうという印象もあった。
でも、心配していた通りに、俺が過呼吸を起こしたことが、竹宮さんを悩ませる原因を作ってしまったのだろう。
朝のドタバタでうやむやになってしまっていたが、後で、ちゃんと謝ろう。
「でも、吹っ切れたようで、それからは楽しい話をいっぱい聞けたよ。だよね、雛乃ちゃん?」
「それは、はい! 特に香織お姉さまと小中学校が一緒だったこととか、特に!」
嘘だろ!? そんな共通点がこの二人にはあったなんて……。ということは、鳥飼さんって、昔はお嬢様学校に行っていたの!? 俗物の中の俗物である人にしか見えなかったのに。
「さーて、そろそろあたしは大学に行こうかね~。一限から授業あるのだっるいわ~。じゃあ、またね。雛乃ちゃん、和樹。」
「はい! またお会いしましょう!」
「お疲れ様です」
「店長もお疲れーっす!」と厨房に声が届くように、鳥飼さんはゆっくりと立ち上がり、フラフラとした足取りで店を去って行った。
俺は鳥飼さんが消えた瞬間に、竹宮さんに頭を下げた。
「ご、ごめん。多分だけど、心配かけちゃったよね……」
頭を下げたから、竹宮さんの顔は見えない。けど、一瞬にして、彼女がいつも纏っていたイルミネーションみたいに輝くオーラが消えたように感じた。
「ううん、和樹くんは悪くないよ。悪かったのは勝手に抱きついた私。ほんとうにごめんなさい」
普段は感じられないような重さが乗った声に思わず顔を上げてしまった。悲しそうに見えるが、その眼は真っ直ぐ、俺を捉えていた。
びっくりした。
今まで何にも染まらないような透明な光をしているように見えた。それが、青一色に染まった。星の光はその表面の温度によって色を変える。青は最も高い温度の星である。それだけ、彼女に熱量が宿ったということだ。
それを直感的に感じた。
「だけど、私は和樹くんにお世話係をやって欲しい。私のことを嫌いになっていないのなら、まだ見限らないで欲しい。どうかお願いします」
今度は竹宮さんが俺に頭を下げた。
元々、抱きつかれた件については、彼女が悪いとは思っていない。不幸な事故でしかないというのが俺の見解だ。
それに加えて。
彼女の純度100%の青い輝きが、断るなんて無粋な選択を無意識に脳内から排除していた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう答えると、竹宮さんは、いつも純白の輝きを放つ笑顔を見せたのだった。
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