第13話 お嬢様、駄々をこねる
「あの、今さらなんですけど、どうしてここにいるんですかね?」
メイド服でトーストにかじりつこうとしていた、竹宮さんはキョトンした顔をした。そして、彼女は上を向いて固まった。そういう仕草を見せるということは、答えに悩んでいるのだろうか。
朝っぱらから人の家に来て、リビングを改造して、メイド服で俺を出迎えて、一緒にご飯を食べようとしている。
そんな行動を取るくらいなら、普通はれっきとした理由があるはずなのに、何を考えているのだろう。
そして、上を向いていた竹宮さんが前を向いた。そして、その綺麗な漆黒の瞳が俺を捕らえる。
「宣戦布告かな?」
思ってもみなかった言葉だった。てっきり、彼女がバイトを始めた理由である、『世間を知る』辺りが関係していると推測していたが、違ったらしい。それにしても。
「どういう意味?」
「それは乙女の秘密だよ!」
「じゃあこれ以上は答えてくれないんだ」
「そういうことだよ」
楽しそうにニッコニコしている竹宮さん。でも、その笑顔はいつも見るような空に光り輝く月のようにただ単純に綺麗なものではなく、雲に一部分をかくされたような、綺麗さだった。簡単に言えば、彼女の牙みたいなものが見え隠れしていた。
それから、俺たちは二人で朝食を食べた。一般家庭の朝食で出そうなメニューだが、食品、一品一品が段違いに美味しかった。特に、出されたイチゴは別格過ぎた。こんなの俺が食べてもいいんですか? と疑ってしまうほどのものだった。
が、それに夢中になっていて、部屋にもう一人いたことに気づいていなかった。
「お皿、お下げしてもよろしいですか?」
「うおぉ!」
いきなり竹宮さん以外の人に声をかけられてびっくりした。その人は、キチっとした執事服姿の女性で、身長は竹宮さんより高くて、すらっとしている。如何にも、仕事が出来ますオーラが漂っていた。
この人って……。
「あの、すいません。もしかして、この間、俺のことを助けてくれた人ですか?」
「そうですね。憶えてらっしゃいましたか。あの時はびっくりしましたよ。あ、申し遅れました、わたくし雛乃様の専属メイドである諸麦夕夏です。今後ともよろしくお願いいたします」
うおお、すっげえ綺麗なお辞儀だ……なんて見惚れていたけど、しっかりと感謝の気持ちも伝えなくてはならない。
「この前は本当にありがとうございました! ご迷惑をおかけして本当にすいません」
「いえいえ、お嬢様の大切な人なんですから、彼女のメイドとしては当然のことをしたままです」
それだけ言うと、お皿をさっと下げて、ウチの流し場で洗っていた。その動き、一つ一つがきっちりしていて、プロ精神を感じさせる。
おお、凄い。本物のメイドさんなんだ。……メイド服の方は竹宮さんが着ているけどね。そう考えるとあれは、コスプレかなんかだろう。
「じゃあ、朝食を食べ終わったところで行こうか!」
どこへ? なんて疑問が思い浮かんだが、それは決まっている。今日の朝はドタバタしすぎていて、一瞬頭の中から消えてしまっていた。
「竹宮さんは、どこに行くか知ってるの?」
「それはもちろん! 仕込みだよね」
なぜ、俺の生活ルーティンを知っているの?
なにはともあれ、俺たちは家を出て、松華ラーメンへと向かおうとした。俺は、いつものように自転車にまたがろうとしたのだが……。
「違いますよ。味元さん、どうぞこちらです」
ウチの家の前に車が停まっていた。見たことのないロゴから察するに海外の車に違いな。つまり、高級車ということだろう。
そんな車の後部座席のドアを開けているのは諸麦さんだ。
「えっと……乗れってことでしょうか?」
「はい。そうです。松華ラーメンまでお送りします」
「和樹くーん、こっちこっち!」
もう既に乗っている竹宮さんが俺のことを待っている。
正直、得体の知れない高級車に乗りたくない。だって、どこか触って傷つけちゃったら嫌だし。庶民として怖いのだ。
「いや、俺は自転車で行くので、お構いなく……」
「ダメなんです……」
「はい?」
「お嬢様は自転車に乗れないんです! そもそも自転車を知りません!」
そんな風に声音を変えて、説得力を出そうとしても、俺は騙されない。いや別にお嬢様が自転車に乗れないことと、俺がチャリで行くことと何の関係が……? と思っていたら竹宮さんが車から出て来た。
「え、嫌だあ! 私は和樹くんといっしょに行きたいの!!」
俺と諸麦さんの話を聞いていた竹宮さんがわめきだした。これが純粋箱入りお嬢様の姿なのか……演技がかっているようにも見えるような。
「ご覧の通り、お嬢様が味元さんと一緒に行きたいと駄々をこねるので……」
「そうなの! 私は和樹くんといっしょにいたいの!」
諸麦さんの発言に恥ずかしがるでもなく、ただ乗りする竹宮さん。しかし、その眼は真っ直ぐと俺を見ていて、言葉に芯を感じるものだった。さっきのわがままとは、何か違うのかもしれない。
でも、ここまで言われたらしょうがない。お世話係だし……。
「じゃあ、乗るよ」
「ほんとに! やったあ!」
竹宮さんは笑った。朝日が眩しいが、それにも負けないくらい、いや、その穢れなき笑みといったら、万物に勝るっていると思わせるほどのものだった。やっぱり、竹宮さんの笑顔は純粋無垢極まっている。
「じゃあ、失礼します」
乗るとなんだかいい匂いがした。搭乗者が酔わないようなフレッシュな香りが、竹宮さんから発せられる女の子の良い匂いが合わさって、唯一無二の香空間を生み出している。
そして、何しろ足を置く場所が広い。座ってみれば前の座席にはタブレットくらいの液晶が取り付けられている。座席中央には芸術を感じるガラス細工のコップに葡萄ジュースが注がれていて、更に洋菓子まで置いてある。
俺の知ってる車じゃない!
「じゃあ、出発します。シートベルトもしっかり着用してくださいね」
「嬉しいな~、和樹くんが隣にいるの~」
そんなことを言ってニコニコしながら葡萄ジュースを飲む竹宮さん。うわあ、これ絶対美味しいやつだよ、と思いながら、飲んでいいのか分からずに車の中で固まってしまった。
どうしよかなー、と考えていたら、気がついた。
もう俺が家を出ていることに。
いつも、朝、家から出る時はあの人の影との戦いだった。
だけど、今日はそんなことを考える暇もなかった。
竹宮さんが何を考えて、今日こんなことをしたのかは分からない。けど、今日は、今日だけは、苦しい朝の時間が楽しいものになった。色々と驚きはしたが、そんな偶然を起こしてくれた竹宮さんに心の中で感謝した。
そして、そんな朝のドタバタした雰囲気に酔って、俺は言った。
「このジュース、俺も飲んでいいの?」
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