第12話 お嬢様がなぜウチに!?

 誰かに抱きしめられた。動けない俺をきつく、きつく抱きしめて、耳元で呪詛のような言葉を吐かれている。


「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」


 そして、あの人は俺から離れて――。


「はぁっ、はっ」


 呼吸が荒くなり、そこで目を覚ました。


 あまり心地の良い寝起きではなかった。たまに見るあの人……俺の母が出てくる夢だ。最近は、見てなかったのに久しぶりに見た。嫌な日だ。けど、夢を見たのは偶然ではないのだろう。


 今日は、嫌でも……別に嫌ではないけど、竹宮さんとは顔を合わせることになる。


 寝る前にそのことを考えていたせいだろう。


 おととい、きのうは、竹宮さんに悪いことをしてしまった。


 彼女の前でいきなり過呼吸になってしまって、メイドさんに家に送られる。次の日は、精神科への通院だったため、学校やバイトには行かなかった。


 父から事情を話した、と言われたが、それは悪手だったのではないか。


 ただでさえ、心配をかけてしまったと思うのに、あんな話をされたら罪悪感まで抱いてしまうに違いない。


 どうして彼女が俺に抱きついてきたのかは分からないが、嫌がらせやからかいで人に抱きつくようなタイプの人ではないと思う。そんな人間性だったら、学校で純粋な箱入りお嬢様とか言われてない。


 とにかく、心配をかけたことを謝らないと、と思っているので気が重い。


 俺は、とりあえず、スマホから充電ケーブルを引っこ抜いて、何か通知が来ていないか見る。


 そしたら、鳥飼さんから『雛乃ちゃんと仲良くなったよ(≧∀≦)v』という言葉と共に写真が送られてきていた。


 ビールのジョッキ片手に酔っ払っている鳥飼さん。それに肩を抱かれながら、マイクを持って何かを一生懸命に歌っているように見える竹宮さん。そして、謎のポーズを取っている父。


 なんか、滅茶苦茶楽しそう……。竹宮さんが気を病んでしまっているのかもしれないって考えは杞憂に過ぎなかったのだろうか。


 それにしても珍しい。まさか、あの父が鳥飼さんのペースに巻き込まれているなんて。なにかあったのだろうか。


 俺は、学校の制服に着替えて、部屋の鍵を開ける。


 部屋の鍵を開ける瞬間はいつも緊張する。


 家の中での心の安全圏はここだけだと思っている。


 何故なら、この自分の部屋以外には、あの人の面影があるから。この部屋は元々、父さんがラーメン屋の機材を置くために使っていた部屋で、あの人は入って来なかった。だから、俺の安全圏。


 そこから部屋の外に出るということは、あの人がいた形跡を感じ取るということ。それが、俺には苦痛に感じて仕方がない。


 だから、ここから出口までは俺にとっては嫌な空間なのだ。


 あの人を思い出さないように、意を決してドアを開けた。


「お帰りなさいませ! ご主人様」


「はっ!?」


 扉の前にはメイド服を着た竹宮さんがいた。ヒラヒラとした素材が、ふわふわとして彼女に合っている。短いスカートが白くキラキラ光る足を強調しているように見えて……とりあえず、凄かった。


 なんか、色々考えていたことが吹き飛んでしまった。


 ただ、今は目の前にある異変にだけ意識が集中していた。


「おはようございます! 和樹くん! 朝食は和食がいい? それとも洋食がいい?」


 そんなことよりも聞きたいことが沢山あったが、場に心を制されてしまった俺は、竹宮さんの質問に答えていた。


「じゃあ、洋食で……」


「かしこまりましたわ! 夕夏、準備だけよろしく!」


 家中に届くような大きな声でメイド服姿の竹宮さんが叫んだ。


「じゃあ、一緒に朝ごはんを食べに行こう!」


 背中を押されるような形でリビングへと誘導された。


 一瞬、いや、三瞬くらい目を疑った。


 そこは、俺の知っているリビングではなかった。


 まず目が行くのは壁面に取り付けられた巨大な絵画。まるで本物の写真みたいに見えるくらい精巧だ。そこには美しい小学生くらいの少女が、白いベールを纏って舞っている様子が描かれていた。


 凄い絵だと思って見つめていると、書かれている少女に少し見覚えが……。


「そんなに見つめてくれるなんて……嬉しい!」


「その言い方からするに、あの絵って竹宮さんがモチーフなの!?」


「そうだよ! だけど、過去じゃなくて、今を見つめてくれてもいいんだよ」


 多分、今の私も見てくれると嬉しい、くらいの意味合いなんだろう。しかし、その科白は、過去に囚われている自分に向けたもののようにも感じる。


「今の竹宮さんも絵みたいな可愛さしてるから、いつでも見れるよ」


「そこまで言ってくれるの! じゃあ、見て」


 竹宮さんは鼻がぶつかりそうになるくらい、でも、触れ合うことはない距離まで顔を近づけてきた。近すぎて全体像が掴み切れないが、男からは感じられない女の子の良い匂いだけは鮮明だった。


「うん、やっぱり、竹宮さんは可愛いよ」


「えへへ、ありがとう」


 そう言うと、竹宮さんは俺から顔を離した。


 とにかくデカい竹宮さんの絵に視界が奪われてしまったが、それ以外にもこの部屋で変わっていたことは沢山ある。


 テーブルがガラス製のおしゃれなものに変わっていたり、絨毯がすっげえ高そうなトルコ絨毯になっていたり、カーテンが凝りに凝ったような刺繍が施されたものになっていたり、飛び込んだら寝落ちしそうなまでにふかふかしてそうなソファが置いてある。


 とにかく目に映る全てが変わっていた。


 あれ……、そういえば、最後にリビングに来たのっていつだっけ? 


 リビングは俺が一番来たくなかった。あの人の気配が一番濃い場所。


 なのに、雰囲気に圧倒されて(寝起きということもあるけど)、忌まわしきリビングに平然と立っていた。なのに、今は何とも感じなかった。驚きの方が勝っているだけだろうけど、この部屋にもう一度立てるなんて思ってもみなかった。


「ささあ、座って座って!」


 椅子もシンプルではあるが、俺が分からないだけで、高級品に変わっているんだろうなと思った。


 竹宮さんがキッチンの方から朝食を持ってきた。


「はい、どうぞ!」


 意外にも朝食はお嬢様という感じのものではなかった。目玉焼きにトースト、ヨーグルトにフルーツ。と言った感じだ。


「「いただきます」」


 と何気なくガラス張りのテーブルで食べようとしていたが、寝起きから少し時間が経ってきてハッとした。


 なんでこうなってるの!?

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