第11話 和樹くんのために……?(竹宮さん視点)

「……では、いいでしょうか。私の悩みを聞いていただいても」


「おっ、いいねえ。お姉さん、頑張っちゃうぞ~」


 ごくごくとお酒を飲みながら、軽く答えてくれた鳥飼とりかいさん。


 その場の雰囲気でしかないけど、鳥飼さんなら、何とかしてくれそうという気迫があるように見えた。少なくとも、彼女に私の悩みを話しても、嫌な気分にはならなそうという気がしていた。


 あと、本能的な直感でしかないが、鳥飼さんの持つ何かにシンパシーを感じていた。見た目も雰囲気も性格も何もかもが違うけど、どうしてなんだろう。


「あ、店長! 雛乃ちゃんに何か作ってあげてよ! う~ん、揚げ餃子と揚げワンタン!」


「……はいよ」


 店長は鳥飼さんの要望を聞いて厨房へと向かおうとする前に、私の方を優しい目を向けた。


「雛乃さん。悩みって、和樹のことだろ。鳥飼には昔、変な事故が起こらないようにあいつの事情は聞かせておいてあるんだ。だから話をぼやかしたりしなくても大丈夫」


「……わかりましたわ」


 それは私にとって嬉しい情報だった。今まで、ろくに深い悩みごとなんてしたことがなかったから、和樹くんの事情を隠しつつ、上手く話せるか不安だったけども、それなら、ちゃんと話せそう。


 頷いた私を見て、店長は厨房へと去って行った。


「え! 和樹のことで悩み? これは青春の匂いがプンプンするぞ。JKになって色恋に興味を持ちだす年齢。かああああ、たまんねえ!……なんて。真面目に話すと、和樹が抱えているトラウマに関する話だよね」


「……そうですわ」


 私は鳥飼さんに昨日起こったことを話した。


 気持ちが高まってしまって和樹くんに抱きついたら、彼が過呼吸を起こしてしまったこと。

 

 それから、和樹くんの過去に何が起こったのかを聞いた結果、昨日してしまったことを後悔していること。


 そして、今後、どう接していくのか。どう関係を築いていくべきなのか。


 そこまで、話していたら続きを話すのが辛くなってきて、最後には涙声になってきていた。


「もう私は、これ以上、和樹くん、と、関わるべきじゃ、ないんじゃないかな……って」


「わ、わー! 泣かないで、雛乃ちゃん!」

 

 私の情けない姿を見て、鳥飼さんが抱きついてきた。酒臭さと、汗臭さは勿論感じたが、何より感じたのは人の温かさだった。


 泣いている時に、抱きしめてもらえるのって、こんなにも……こんなにも……。


 私はとうとう涙を流してしまった。


「うっ、ううぅ、ひっ……うわーん!」


 明らかに鳥飼さんに抱きつかれてから、泣き出してしまった。そしたら、彼女は我に返ったように。


「ご、ごめん! 抱く力が強かったりした……?」


「い、いえ。そうじゃないんです。ただ、この抱きしめられる、感覚を辛いものだと思ってしまう和樹くんは可哀想って思ったら、涙が止まらなくて」


「そっか……優しい涙だね」


 鳥飼さんは、そう呟いた。


 けど、私は今の涙を優しいものに捉えることなんてできない。


 竹宮雛乃という人間は自己中心的なんだ。


 今回の件を通じて分かった。彼が許してくれるかどうかなんて考えたり、彼が学校に来ていないことにホッとしたり、自分のことしか考えていない。


 和樹くんがどうだから。で、物事を見ていない私の姿がそこにはあった。


「私は優しくなんて……ない。ないの!」


 だから、私は鳥飼さんの『優しい涙』というやつを全力で否定した。言葉遣いすらも乱して、強く他人の言ってくれたことを拒否したことなんて、今までになかっただろう。それだけの激情がこもっていた。


「いや、雛乃ちゃんは優しいよ。他人のために泣けるってのは、そういうことだよ」


 だけど、鳥飼さんは私の激情をあっけらかんと飛び越えた。


 その何のこともないといった様子が、私の胸に響いた。


 今日、初対面で一緒にバイトをして、悩みを聞いてもらった関係。


 たったそれだけ。


 なのに疑いもせず、『優しい』と言ってくれたことが、今ここにいる私を本当に『優しい』と肯定してくれたようで、嬉しかった。


「……あ、ありがとうございますわ」


「まあ、その話はわき道だから。で、結局のところ、雛乃ちゃんは何が悩みなの?」


「それは、先ほどお話した――」


「そうじゃなくて、雛乃ちゃんはどうしたいの?」


 考えたことなかった。和樹くんに抱きついて、罪悪感を抱えるままで今後、私がどうしたいなんて。でも、それって――。


「私が考えてもいいのかしら。和樹くんが決めることだと……」


「なーに言ってんの。雛乃ちゃんの悩みなんだから、雛乃ちゃん自身が考えないといけないでしょ」


 たしかに、そう言われてみればそうなような気もする。今後の具体的な展望が一切ないから困っていたのであって、それを考えることは大事かもしれない。


「でも……私は自己中心的だから、自分に得のあるようにしか、考えられないかもしれませんわ」


「へえー。いいね! 自己中。じゃあ、雛乃ちゃんは優しいから、になれるかもね」


 何も良くないと言おうと思ったが、意味の分からない言葉が出てきた。多分、私が無知だから知らないんだ。


「無知でごめんなさい。真の自己中って何でしょうか?」


「あ、それはあたしの考えたものなんだ」


 と、前置きをした上で話を続けた。


「真の自己中って言うのは、自己の中に特定の他人を含むんだよ。だから、自分を喜ばせると同時に、特定の他人を喜ばせることも同時に出来るんだよ」


「……同時に他の人を」


「雛乃ちゃんになら、君自身と和樹くんを同時に喜ばせられる願いがあるんじゃないかなって」


 そういう考え方があるんだ……! と、鳥飼さんが語る本物の自己中というものに魅せられていた。


 そっか、だったら。


「素直になっても良いのでしょうか……?」


「うん。良いと思う。雛乃ちゃんの願いのために動けば、多分大丈夫」


 自分だけじゃなくて、和樹くんも喜ぶような未来を描くんだ。その決意を込めて、私は思い切って、口に出してみることにした。


「私は、もっと和樹くんと仲良くなりたい。もっと一緒にいたい。もっと抱きつきたい。もっと知りたい」


 途中から皿を持った味元さんも私のことを見ていた。そんな彼にも、鳥飼さんにも、私自身にも宣言するように、精一杯叫んだ。


「もっともっともーっと! 和樹くんに私のことを好きになってもらいたい!!」


 母親のトラウマ? そんなものは私で塗り替えてやる! 待ってろ幸せな未来!


 私が、私のために、和樹くんにいつでも抱きつけるようにするんだ!!!

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