第10話 和樹くんがいない日(竹宮さん視点)
翌朝、珍しく夕夏に起こされた。
お義父様から語られた和樹くんの過去について、今後、私が彼と接していくかについて、夜遅くまで考えていたからだ。
昨日、和樹くんのお母さまはどうしているのか、と彼の家に着いたときに思ったが、そもそも離婚していたのだ。
話によると、ことが起こったのはちょうど離婚が成立しそうになった時らしい。
その時期にお義父様とお母さまが親権を争っていたらしく、その末の事件として発生したのが、お母さまによる誘拐、監禁事件だったらしい。
お義父様が警察に連絡して、迅速に事件自体は解決した。
しかし、帰って来た和樹くんは女性との接触を恐れるようになってしまった。
お義父様が分かるのはここまでらしく、事件の詳しい内容は和樹くん自身が警察やお義父様にお話していないため、本人しか知らないとのこと。
最近は、事件から時間が経ったこともあって、ある程度は大丈夫になってきたらしいが、それでも触られるのは厳しいようだ。
そんな彼に私は、手を繋いで、抱きついて……なんてことをしでかしてしまったのだろうか。
和樹くんが過呼吸になったときから、ずっと自責の念を抱いていたが、その気持ちは更に強くなった。
彼のトラウマを刺激するようなことをして、どんな顔をして会えばいいのだろう。
彼は私にどんな拒否反応を示すのだろう。
嫌な想像が頭の中で暴れていた。
学校には行きたくなかったが、加害者である私の方がダメージを受けて、学校を休むなんてあってはならないことだ。
だから、学校には行った。
そうしたら、和樹くんは学校に来ていなかった。
それにホッとした。ホッとしてしまった。
一瞬でその安堵が間違いだと気づく。
なんで、私が傷つけた和樹くんが来てないことが、私にとって安心できることなんだ?
その感情を抱くのはいけないだろう。私なんて、自分のことしか考えていない自己中のお金持ちなんだ。そういう存在なんだ……。
圧倒的な自己嫌悪が私を襲っても一日は終わらない。
今日は、学校の後もバイトがあった。
「本当にその状態でバイトに行くんですか?」
夕夏には心配をされた。けど。
休めない。休むわけにはいかない。ただでさえ、ご迷惑をかけている
夕夏に送ってもらって、私のバイト場である、松華ラーメンの裏口に着いた。
そこには煙草を吸っているお姉さんがいた。
Tシャツにジーンズとシンプルな格好だが、とにかく長めの金髪が目立つ。って、このTシャツ、私のバイト先の松華ラーメンのもの!?
ということは、ここの従業員の人ってことなの……。
正直、怖い。金髪で煙草を吸っている時点で、なんか、良くない印象を受ける。今までの人生でそういう見た目の人と触れ合う経験がなかったからだけかもしれないけど。
どうしようかな……と悩んでいると、向こうの人と目があった。そして、煙草の煙を吐きながら。
「ん? どうしたんだい? お嬢さん。ここは従業員専用入り口だよ」
「えっと……私、昨日入った――」
そこまで言った途端に半分くらい? 吸ったタバコを吸い殻入れに入れて、私に飛びついて肩を組んで来た。
「待ってたよ~! 竹宮雛乃ちゃんだよね。いやー店長が超箱入りのお嬢様だから、変なことするんじゃないぞって言ってたから、気になって仕方なかったんだよね~」
テンション高い! そして、独特な匂い。タバコの匂いと……アルコールかな。その二つが混じっている気がする。
「は、はい。そうですわ」
そう答えたら、彼女は、更にテンションのギアを一段上げた。
「うわー! すご! お嬢様言葉だ! 本物のお嬢様ってやっぱり、それを使うんだね~。現実で聞けるとは思ってなかった! もう一回言って! もう一回! 聞きたい! 聞きたい!」
す、凄まじい人だ。共学の高校に入ってから、お嬢様学校で会わなかったタイプの人たちとも会って来たけど、また更に異次元の存在に出会ってしまった。
「え、えっと……」
「あ、ごめん。名前名乗ってなかった」
急に冷静になると私から離れて、持っていたスマホの画面に名前を書いて、見せつけてきた。
「
「よ、よろしくお願いいたしますわ」
そして、私の二日目のバイトが始まったのだった。
今日のバイトで分かったのは、
今日は昨日より混んでいて、とにかく忙しかった。
だけど、その忙しさが、余計なことを考えないで済むようにしてくれた。それは、私にとっては少しだけありがたかった。悩みから解放されるわけではないけど、一時的に少しでも意識を逸らせるのは、苦しみから逃れられているようで楽だった。
ピークタイムになると席が満席になってしまった。
そんなときに新たなお客さんがやってくる。
「いらっしゃいませ! ……?」
こんな風に満席の時は席に案内することが出来ないことに気づく。入って来たお客さんは食券を買っていた。
どうしよう、と悩んでいると、厨房から「これ持って行って!」と呼ばれてしまう。自分には分からないことと、やらなければならないことに挟まれてしまった。
一瞬だけ固まりかけた途端に、その人はやって来た。
「お客様。食券を買われたら、こちらの椅子でお待ちください。今、満席なので」
そして、私の方にウインクして来た。
……困っていたから、助けてくれたのかな?
客足が徐々に少なくなってきた時に、今日は皿洗いを教えてもらった。
そんな時も
「皿洗いってやってると手が荒れやすかったりするから、後で保湿クリーム塗るのがオススメだよ」
普段家ではやらないことであり、知らないことだったので、ありがたい助言だった。
それだけに関わらず、色々と私を気遣ってくれた。
初見の印象だと、変な人だったけど、いい人なのかもしれない。
印象が私の心の中で変わりつつあった。
が、営業終了後、私の認識は、また変な人へと戻る。
「店長! 生! 生くださいよ!」
「はいはい、分かってると思うが、酒類はまかないに一切入らないからな。後で金払えよ」
並々と注いだ生ビールをゴクゴクと勢いよく飲んでいく
「わかってますよ~! かああああ、やっぱり仕事終わりのビールは最高に美味ええええ! そして、そこに炙ったチャーシューが合わさって、マジで最高だ~! 脳汁溢れる!」
酒を興奮して金髪を振り回しながら酒を飲む女の人……やっぱり、変だ。
「雛乃ちゃんも一杯飲む~? キメると気持ちいいよ?」
「バカッ!
私が何か言う前に店長が素早く止めに入った。でも、鳥飼さんはどこか不服なようで。
「だって~、雛乃ちゃん、どこか元気なさそうに見えたんですもん。励ましてやるのが、先輩に務めなんです~」
「それで酒を飲まそうとするのは……」
店長が呆れていた。
でも、私の彼女に対する感想は違った。
この人、思ったよりも私のことを気にかけてくれている。確かに変な人ではあるけど、営業中はずっと私のことを助けてくれたし、元気がないことも察してくれている。初対面なのに。
「酒で解決できないなら、お姉さんが相談乗るぜ。ゲプ」
げっぷしながら言う様はカッコ悪い事この上なかったが、悩みに悩んでいる私にとっては垂涎ものの提案だった。
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