第9話 和樹くんを家に送った(竹宮さん視点)

 夕夏は和樹くんを車に運び込み、彼を車で家まで送っていくと言った。


 車の背もたれに寄りかかると、和樹くんはそのまま寝てしまった。


 寝顔が可愛いなあ、なんて普通に思ってしまったが、そんな風に思ってしまう天然な私に嫌気が差す。


 もしかしたら、これは私のせいなのかもしれないのに……。


「お嬢様、先ほどの話の続きなんですけど……します?」


 どうしよう……もし、これで夕夏から『お嬢様のせいですね』なんて言われたら、もう和樹くんとは――。


 でも! 私のせいだったらちゃんと謝まらなくちゃいけない。それは一人の人間としてもそうだし、和樹くんとどうしたいのか、ちゃんと自分自身の気持ちを見極めるという自分のためにもそう。


「する。だって、もっと和樹くんのことを知りたいから」


「分かりました。とは言っても完全に私の推測でしか話せないのですが」


 車が走りだした。外を見ると街灯の下を歩いている人はまばらで、割と遅い時間なんだなと、景色を見て理解する。


「お嬢様が、その……抱き着いたと言ってましたよね?」


「うん、それまでは何ともないように見えたよ」


「じゃあ、やっぱりお嬢様が抱きついたのがきっかけと見ていいかもしれませんね」


 やっぱり私のせいなんだ……。

 悪いことをしたら、謝る。それをしなくちゃいけないけど、和樹くんは許してくれるだろうか。


 許してくれるかどうか、なんて、考えている時点でダメだ。それは傷ついた側に寄り添っていない。


 和樹くんが私を遠ざけるというのなら、私もそれに従わなくてならない。


 そのくらいのことなのは、私でも分かっている。


 でも、もっと彼のことを知りたい。何とかしてそばにいたい。


 そんな気持ちは拭えなかった。


「でも、そんなにお嬢様が傷つく必要はないと思いますよ。根本的な原因は別にあるってさっきも言いましたけど、それが一番悪いのであって、貴女様のは悪意があったわけでもなんでもないので」


 夕夏は優しい。こういう時は、私が落ち込まないで済むように慰めの言葉をかけてくれる。


 今は、そんなちょっとした優しさが心地よかった。


「ありがとうね。夕夏」


「? 別に感謝されるようなことなんてしてませんよ。雛乃の親友として、当然のことをしているまでです」


 さも当たり前のように言ってみせる夕夏。そんな、気を遣っているはずに、そういう風に見せない所も彼女の良さだ。

 

 そして夕夏は「それにしても」と話を戻した。


「不思議ですね。男だったらお嬢様の美しさでイチコロなのは間違いないのに……それが抱きつかれて、ああなるということは、過去に何か、女性関係での相当なトラウマがあるのでしょうか?」


「褒めたって、お給料は上がらないよ」


「いや、褒めてないですよ。ただそこにある事実を言ってるまで、ですよ。実際に学校ではモテてしょうがないじゃないないですか」


「いや、あれはどうせ私が馬鹿で付き合いやすそうだからってだけでしょ? 私だってそのくらいわかるもん」


 そう言ったら、夕夏にため息を吐かれた。なんでだろう? そう私に告白してきた男の子で言ってる人がいたからなのに。


「でも、夕夏の見立てとしては、女性関係で何かしらのトラブルがあった、ということなんだね」


「はい。そうですね。でも、あくまで想像なので……あっ」


 と、夕夏が何かを閃いたかのように、声を漏らした。


「どうせ、味元みもとさんの家に行くんです。ご家族に聞いてみるのもいいかもしれません」


 なるほど、と思った。そうすれば私が今後どうやって和樹くんに謝って、接していけばいいのか、分かるかもしれない。


 ◆ ◆ ◆


 和樹くんの家は古くもなければ新しくもない一軒家で、この辺りでは普通の家だった。


「ありがとうございます。和樹を家まで運んで下さって」


「いえいえ、こちらの不手際であります故……」


 軽く事情は車の中から電話で伝えておいた。寝ている和樹君をお義父様とうさま(和樹くんの父上だから、私の父ではないのでお義父様と呼ぶことにしている)が家の中まで運んで行った。


 そういえば、和樹くんのお義母様かあさまはいないのかな。もう寝ちゃったりしていんだろうか。私も普段は寝ていてもおかしくない時間なので、そんなことを思った。


 二人のお礼と謝罪が終わった所を見計らって、私は口を挟んだ。


「あの! 今日は本当に申し訳ありません……ですわ」


 目一杯心を込めて謝った。別にお義父様は怒っていない。謝るべきは、彼ではないのも分かっている。それでも、心が何かをしたくてたまらなくなっていた。


「いやー……さっきも言ったけど、そんなに気にしなくていいよ。まさか、いきなり雛乃さんが抱きつくなんて思ってなかったけど、そういうことを想定して、事前に言っておかなかったこっちも悪いみたいな」


 お義父様も優しい。みんな私に優しいのはいつものこと。だけど、今日ほどその有難さを感じたことはない。


 だから、そんな優しさを利用しているようで、嫌だけど――。


「もし良いと言ってくださるなら……私に、どうして和樹くんが抱きつかれることでパニックになってしまうのか、教えてくださらないかしら」


 その私の質問にお義父様は少し悩んだ様子を見せるが、頷いてくれた。


「……和樹の許可なく言うのは悪いが、こうなってしまった以上は、事情を話す必要はあるよなあ。特に今後の雛乃さんにとって、うちの息子とどう関わっていくのかを考える一つの助けとして」


「うちのお嬢様のために……ありがとうございます」


 夕夏が頭を下げたのを見て、私も頭を下げた。


「オレは警察から聞いた話しか知らないんだけど……」


 と前振りをつけて、彼は語り始めた。


 何気ないと言った始まりだったが、私は内心驚いていた。


 警察!? そんな大事なんだ……。


「実は和樹は誘拐、監禁されたことがあったんだ」


 誘拐、監禁という言葉の響きに私は何も言えなくなっていた。普段は冷静な夕夏でさえ、驚きを隠しきれていない。


 それだけ、重みのある言葉だった。


 思わずと言った様子で、夕夏が呟いた。


「……一体、誰がそんなことを」


「それは、あいつの実の母、オレの元嫁だよ」

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