第4話 お嬢様、バイトを始めた理由を語る。
「お世話係!? な、なんで?」
「よろしくね、和樹くん。もう決まりだから」
いつの間にか、竹宮さんも俺の隣にいた。
理解が追いつかなかった。頭が真っ白になっていた。父と竹宮さんの発言にどういう反応をして、どういう言葉を返したらいいのかすら分からない。それくらい、突拍子もない言葉だった。
「なにもかもが分からないって、反応をしているな。でも、そう決まったんだ」
「……拒否権は?」
「ない」
ないのかあ。ただそうは聞いたものの、別に断りたい気持ちが強いわけではなかった。何故なら、断ってしまえば、恐らく竹宮さんとの関係は悪いものになる。そういう予感がしているからだ。
「理由は聞いてもいいの?」
竹宮さんは頷いた。その表情はいつもクラスで見えている天真爛漫なものとは、少し違った印象を受けた。暗いものではない。しかしながら、いつもの天然光とは違ったLEDライトのようなイメージだった。
「私って、ありとあらゆるものから守られてきたんだ。両親や友達、先生、関わって来た人たちすべてが、私のことを心配してくれる。私に悪影響を与えるようなものは全部、その人たちがカットしてくれるんだ」
「まあ、想像はつくよ」
思い返してみれば、今日だってそういうシーンはあった。竹宮さんの接客が丁寧過ぎるとちょっとだけ注意しただけなのに、常連さんたちが俺に鋭い視線を送って来ていた。
ああいう風に、彼女には周りの皆に守ってあげよう、傷つけちゃいけないと思われるオーラがある。恐らくそのオーラに呑まれて、知り合う人間が皆、過保護みたいな状況になっているのだろう。
「でも、私、これじゃあいけないって思ったんだ。気づいたんだよ。お父様に、もうお前も高校生だからって、スマホのフィルタリングを外してもらったの。そしたら、世界は知らないことに満ち溢れてて……、如何に自分が世間知らずな箱入りお嬢様であるかを思い知らされた」
「そっか……」
「だから、私は世間を知ろうと思って、ここのバイトに応募してみたんだ」
竹宮さんは補足説明として「ちなみ、小中と女子校のお嬢様学校だったのを、高校から共学に変えたのもその一環」と言う。
俺は、この話には全く共感出来なかった。何年も前から店を手伝っていて、基本的には良いお客様ばっかりだけど、稀にゴミみたいな客もいる。だから、この歳にしては社会を知っている自負があるからだ。
けど、共感できなくても、彼女の言葉に崇高な思いがあるのは確かに感じる。現状の自分を良くないものと認識して、それを変えようと努力をし始める。その想いの高さは誰にも馬鹿に出来るものではない。
「でも、どうしてウチだったの?」
「それは、お父様がここしか許してくれなくて……」
「ん?」
……なんか、おかしくないか。竹宮雛乃の父親と言えば、複数の企業を経営している企業家だ。今の話から考えられる過保護さから考えれば、自分の息がかかった会社のほうが安全だと思うんじゃ……。
疑問をぶつけるか一瞬悩んだが、俺の今後にも関わることだしと、気づけば口が開いていた。
「そんなことある? だってうちラーメン屋だよ! 俗世間一般ど真ん中な職業だけど、接客業だし危ないことだって起きるかもしれないんだよ? なんか、過保護なお父さん? のくせに、おかしくない?」
その俺の疑問に、竹宮さんと父は目を見合わせて、「確かに……」と言った。
いや、「確かに」じゃないよ! というか、どうして、二人が同じ反応をするんだよ。なんかおかしいよ!
二人してうーんと唸っている。
唸りたいのは俺だと思うんだけどね!
そんな間が生まれて、少し経ったとき、父が語り始めた。
「いや、実はな、雛乃さんのお母様からウチに電話が掛かって来てな……」
「お義父様!? それは……」
何故かびっくりしている竹宮さん。一体全体何に驚いているのだろうか。
「大丈夫だから、安心して」
「そう言うなら、信じますわ」
二人は何か見つめ合って、頷いた。
一つの疑念が確信へと変わった気がする。この二人、俺に何かを隠している。隠しているわけではないのかもしれないが、俺にバレたくない何かがあるらしい。
「……最近経営が厳しんだ」
「……そうだったんだ」
「それでな、雛乃さんのお父さんから借金をすることになったんだよ。実は雛乃さんのお父さん……英機とは昔からの知り合いなんだが、無担保で貸す代わりに雛乃さんの面倒を看て欲しいと言われたんだ」
「だから、俺がお世話係に……、そっか、それは言いたくないよね」
なるほど、二人が俺に事情を話したがなかったのには、そういうわけがあったのか。昨今は物価高だし、物流費も上がっていると聞いていたが、やはりその波がウチにも来ていたわけか……。
竹宮さんも竹宮さんで複雑な立場だと感じているのだろう。まさか父親が他人の隙に入り込んで、こんなお願いをしているなんて、バレたくないはずだ。だから、二人して言い渋っていたんだ。
そして、うちの父が竹宮さんの父親と知り合いだったとは思わなかった。それだったら、この店でバイトをすることになったことや、俺がお世話係として任命されることもあるのだろうと、少しは納得することが出来た。
「確かに、俺が竹宮さんのお世話係を断ることは出来なさそうだね……。うん、分かった、俺、竹宮さんのお世話係をやるよ」
「すまんなあ、我が息子よ……」
「本当にごめんね、和樹君。私が我儘なばっかりに……」
父はまるで客から怒られたときのようにしょんぼりとしてしまい、竹宮さんも……あれ、そんなに申し訳なそうな顔をしてないな。でも、表情が歪んでいた。
「二人ともそんな顔をしないでよ、ね。折角こういう関係になったんだから、楽しくいこうよ」
「うん!」
竹宮さんはまるで南極すべての氷を解かすような温かい笑顔で返事をしてくれた。
それを見て俺は、この笑顔を毎日見れるなら、お世話係も悪くないかも思ってしまった。やっぱり、純真な彼女の笑顔は人を惹きつける。そんな笑顔への照れを振り払うようにして。
「じゃあ、ちょっと外にゴミ捨て行ってくるね」
と店外へと出たのだった。
◆ ◆ ◆
私、竹宮雛乃はホッと一息をついて、お義父様に頭を下げた。
「本当にありがとうございます。お義父様の機転で助かりましたわ」
「いやいや。最初に電話来た時からそういう話だったしね」
本当のことは、言えない。今は、自分でもこの気持ちに、整理がついていないのだから。
いつか、言える日が来ると良いな。
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