0149 ここが、本当のスタート地点
やっと、自分はやっとレイリンさんのそばに在ってもいい資格をえた気がするよ。
まあ、どこぞのクソ犬からしたら身のほど知らずになっちまうんだろうけれども。
証拠にレイリンさんの後ろでおろおろ、時折自分に殺意ガルルルしつつどうしたらいいか戸惑っているおバカ犬面白すぎるが根性はおおいに曲がり曲がっている、こいつ。
「これからは好きな時に好きなだけ甘えてきてください。レイリンさんがよければ」
「――ぁ、ありが、とう……っ、ユウト」
「どういたしまして」
お礼を言われるようなことじゃないと思うけどな。だって、自分がレイリンさんに与えてもらったものを考えるとこんなのじゃ全然不足だ。もっと、もっともっと頑張ろ。
ちょっとずつでいい。ご恩に報いるだけでなく、彼女の心のよりどころになれるように努力しよう。それすらできないなんて本当に駄犬以下だ、自分。……そうでしょう?
このひとに見あうだけの男になろう。なんて壮大で尊い目標が立てられたところでそろそろレイリンさんを放さねばいよいよもって加減? 要るかぁっ! って感じにブチギレ気味フロウが「俺の方があなたのこと理解できますから!」とかってがぶりそうだ。
いやいやいや、待てボケふざけんな。ここはなにがなんでも譲れんぞ、フロウ。いかにあとでお怒りなお前に極めた体罰を喰らおうとも譲れませんってか、譲りたくない。
だってあのレイリンさんが自分なんぞに甘えてくれているなんてこんな状況またとないじゃないか。お前はいっつも愛されてんだから我慢しろや、欲張りフロウこの野郎。
お前だってレイリンさんのこと好きなら自分の気持ちもわかるだろ? それともなにかな、駄犬の小心なんざなんで思いやってやらねばならねえんだよ、ってか? あ゛?
こいつ、ホントいろんな意味で天晴だけど褒められないっつーの、このあんぽんたんめが! ってことでスルーさせていただく。怖いが。あの呪詛を含んだ目超怖ぇえっ!
のちの報復がマジ怖い。猛毒視線で刺されるに留まらず、がぶりとかグサっとか前触れもクソもなく遠慮配慮容赦その他いろいろ大事なものすっ飛ばしてやらかしそうだ。
意図して、自分を再起不能に落としてレイリンさんの寵愛ひとり占め、とか平然さらりとやるに決まっている。で、いざレイリンさんに咎められても「駄犬と遊んでやっているだけですって~♪」みたいなノリで半死の自分を叩き起こして仲良しなフリをする。
……怖っ。こいつの計画が目に全部でていてっつーか隠そうともしないのは宣言?
やったるぞ、マジで。という宣言でしょうか。あの、まじめにマジでやめてくれ。
こ、こここわ怖いんだよ、お前のその視線っ。目ビームで自分の体に穴があく。だというのに、フロウの怨念ただよう視線に気づかないレイリンさんは泣きやめど離れず。
あのー? フロウがどうのは置いてお、けないけど置いておくにしてそろそろ離れていただけると助かるんですが。あなたにご自分が美人で可愛い自覚がないのは理解しているけど、それでもどうか察してください、男の切なさ。あなたの温度でくらくらする。
それともなに? 自分の悶殺計画を実行中か。ものすごく手間がかかる殺害計画ですねー。それよりは自分をひとりで魔物関連クエストにぶっ込んだ方が楽じゃないかな?
「ユウトのにおいは落ち着くな」
「そ、そうですか?」
「うん」
うん、て。なにその可愛い返事。自分、本当に現実問題として悶絶のあまり絶命しそうです、レイリンさんっ! しかもこれって天然仕様ですね。うわぁ、別意味で怖っ。
怖いよ。だって、さ。その美貌でこの可愛らしさで男に擦り寄って「うん」って男のにおいに落ち着くなんて言っちゃう。どういうことでしょうか、自分、狙われている?
命、とかじゃなくて。こう、なんていうか誘導されてませんかね、と問いたいぞ。
まあ、そんな問いを放った瞬間フロウ処刑が大執行されちゃうんですが。きっと、とかいうレベルでなくてレイリンさんの向こうに見えるフロウの目が雄弁に語っている。
殺す殺すオーラに留まらず、「ご主人様に無体働き腐ったら一〇〇回ぶっ殺!」と訴えてきている恐ろしさ。お前、一回でも多いわ、と言うべきかはたまた八つ当たりか?
そう、神経をわざと逆撫でしてぶっつんしたところでレイリンさんに助けを求めてフロウの本性を白日の下にさらすか。これの問題点は失敗したらぶっ殺されるって点だ。
……ダメじゃん。死んだら元も子もない。
それにしても、レイリンさんってばいいにおいがするんだが、これはなんの香り?
こういうのも隠れ癒やし系に数えちゃっていいんじゃないかな? だって本当にすっごく癒やされるもの。いつもは威風堂々、勇猛果敢な女性が癒やしになるって変かな?
「ユウト、もう少しこうしていたい」
「はい。自分も」
素直に、これまで肩肘張っていたのが嘘のように甘えてくるレイリンさんに自分も正直にどうしたいか、伝えた。そのせいでレイリンさんの向こうにいるフロウに睨まれても知らね。いいじゃん、レイリンさんが望んでくれるんだ。叶えるのは男の義務だろう?
それとも「駄犬のクセに生意気なんだよ」ってのが言いたいのですかね、フロウさんお前いい加減認識訂正しないと穏健な自分もぶっつりキちゃうぞ。できないけど叱る。
レイリンさんの前で罪を陳列して叱りつけてやりたい……なんて消極的というか弱すぎる発案だろう。けどだって、それ以上なんて恐ろしくて案にあげる真似もできない。
で、レイリンさんの魅力にも抵抗しないといけない自分忙しいなー。なんの魅力かというとそりゃもちろん彼女の立派なお胸様のすんばらしい弾力と張りと大きさですよ!
……なんか力いっぱい宣言してみたけど実際に口にするのはやめておこう。マジ殺される。レイリンさんが手をくだすまで待たず処刑屋フロウさんが参上なさるんだから。
そのフロウを放置でレイリンさんは自分の背に手をまわしてしっかりと抱きついてきたので自分もそっと彼女の背に手をまわしてきゅ、と力をこめた。大丈夫、との意で。
レイリンさんにはもちろんフロウにさえ通じたようだ。先ほどから大噴出しまくりだったどす黒い殺気を控えた。渋々、であれど認めざるをえなかったようだ自分のこと。
フロウがおとなしくなったのでレイリンさんが満足したあとは怖いけどそれまでは罰を憂わずすごせそうなのでよかった。これまでの分も甘えさせてあげることにしよう。
こうして自分たちは春の終わり、初夏の夜、ずっと一晩中互いの温度とにおいを確かめるように抱きしめてすごした。勉強も彼方で朝の赤光が目を刺すまでそうしていた。
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