0148 あなた以上の勇者、いないだろ!?


 じゃなきゃあなたは虚無なままだ。なにも目的なく生きていくことなんて悟りをえた仙人仏や神じゃないんだからもっと貪欲にならなくちゃダメだ。ダメダメだよ本当に。


 自分は少なくともレイリンさんの為なら頑張りたいと思うし、頑張れると思っているんだよ。ねえ、わからないかな。それくらい自分はあなたが好き。大好きな、ひとだ。


 どうしようもない。間違えようもない事実として自分はあなたが好きだ。好きだって何度だって何十回だって言える。自分は、あなたが好きだ。自分のようなひ弱の面倒を文句はくっついていたが見てくれる優しいあなたが、温かいあなたが特別大事だと言う。


 好きだからそのひとのことを貶されて平気でいられるわけないんだ。それくらいわかってよ、レイリンさん。逃げたかったのだとしても、助けてほしかったのだとしても、認めてほしかったのだったとしてもそれは人間が当然持っている欲求なんだから望んで?


 望んでよ、あなたも。もっと欲深くなったっていい。あなたは祀りあげられる神仏の化生でもなんでもない。ひとりの弱い人間だ。だから、いいんだ。いいんだよ。ねえ?


 そう思ったから、自分はレイリンさんの手に手を重ねて置いた。細い指。繊細な、女性の手だ。この手があの怪力を発揮するというのがどうも信じられないが現実だしね。


 レイリンさんは驚いていたが、おずおずと指を絡めてきた。甘えるように、縋るように。自分なんかに気持ちを求めた。「ここにいていいよ」、というたったそれだけを。


 愛して、でも恋して、でもなくただ「いてもいい」だけ。たったそれだけをねだる彼女が愛おしくて悲しくて……堪らなくなった。いた堪らない気持ち。一緒にいたのに。


 いたのに、いてあげられたのに自分は知らず知らず彼女を弾いていたんだと知って恥ずかしくなった。そりゃあ、若輩の身でんなこと知ってたらびっくりだが悔やまれる。


 だから偉そうなことはひとつとして言えない。自分にできることはたったこれだけなんだってわかっている。レイリンさんを受け入れてあげて、認めてあげて、昏い闇に手を突っ込んで探してあげて、見つけて、手を繫いで引っ張りあげるってことだけだろう?


 彼女を癒やすのは自分でない誰か、かしれない。彼女が心を許して開いて認めあえる立派な野郎がここに、この異世界にいるかもしれない。だったら一緒に探しにいこう。


 それでいい。それが今の自分が望める唯一最大の願いなんだもの。仕方ないって。


「村長さんの願いを叶えて、他にもたくさんひとを救ってきたあなたが勇敢じゃなくて誰がそうだっていうんですか。その時は弱かったんだから逃げたっていいんですよ!」


「逃げ、て、いい……?」


「はい。逃げるのも勇気ですっ」


「だって、俺はずっと。俺なんか生まれてこなければよかった、って。自分の運命を呪って、悲劇の主人公にもなれない、誰も助けてくれないのは俺が弱いからだと思って」


「なに、言っているんですか、あなたは」


 そうだ。なにを言っている。あなたがいなくちゃ消えていた命が山ほどあるのに。


 どうしてそんなことを言う? 言える? もっと愛して、ご自分をまずは愛してあげないとあなたは救われない。あなたがいなかったら自分だってここにいないんですよ。


 ……。もしかして、しなくても自分ってばこの世に在る神様の意志でレイリンさんと巡り会ったんじゃないだろうな。だとしたら結構ひどし。レイリンさんは救われても自分は犬に駄犬呼ばわりされちゃったんだけどっ! どうしてくれるんだ、この虚しいの。


 そんな、駄犬呼ばわりされていた自分なんかが図らずもレイリンさんに「可愛い」と言ってしまって、彼女はどれだけ胸躍らせたことだろう? 彼女だって女の子なのだ。


 女性なら誰しも言われたい台詞。綺麗だ、とか美しい御仁だ、とかよりなにより「可愛いね」と言われたかった。町で国で異性に可愛い、と褒められる女の子を見て思ったのかもしれない。自分も言われたい、でも、こんな見てくれと言動では到底望めないと。


 男として教育されてそういうふうに育ってしまった彼女だからこそ羨望を抱いた。


 レイリンさんの願望をうっかりだったんだろうが叶えてしまった自分に彼女ははじめて弱さを見せた。そして、ほんの少しだけ救われてくれたとしたらこれ以上にはない。


 だからひょっとしたら、自分の努力次第で自分はもっとレイリンさんを助けていけるかもしれない。その為に必要なのは、強さだ。腕力だのじゃない、心の強かさが要る。


「気長に待っていてください」


「ユウト?」


「自分はあなたに頼られるような男になります。比べるべきじゃないかもしれませんってか無謀な目標立ててクラバウスよりもずっと深くあなたに踏み込んで寄り添います」


「……あのバカ以上に、か?」


「えと、希望的には。絶望的に遠いですが」


「そんなことないさ。今この時すでに俺は救われているのだから。それに貴様のことも再度見直している。こんなことなら、もっと早く頼っておけばよかった。……バカだ」


 ぼそぼそと恥ずかしそうに、でもはっきり伝えてくれたレイリンさんは自分の貧相な胸板に顔を埋めて深呼吸して。……泣きだしてしまった。やっぱずっと辛かったんだ。


 それでも誰にも甘えられなくて、泣きつけなくて、縋れなくて苦しんできたから。自分なんかでいい、と言ってくれる。そばにいてほしい。頼りたい、と言ってくれたね。


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