0145 彼女の心の底にある澱
「俺がそんな対象に見えるか?」
「ぅえい、ですから気に障ったなら」
「違っ、ユウト、違う。そうじゃなくてだな。こう、な? どうしていいか、そんなことを言われたのははじめてでどう答えるのが正解で正解があるのかも、わからなくて」
「黒、さん」
「貴様はいつまでもそう、俺のことを他人行儀に呼ぶがなにか意味があるのか? 俺はその、ぶっちゃけた話すると手前の名前が嫌いだが、でも、俺を俺たらしめる音だし、できればそういうふうに呼んでほしい、という願望はあるんだが……いや、だろうか?」
しゅーん。しょんぼり。そんな擬音がしっくりクる感じに萎れている黒さん、マジでどうしたのさ。あなたらしくな。……いや、もしかしたらこっちが素なのかもしれん。
自分が感じていた通り淋しがりで臆病、ではないけどひとりになることを恐れる。
魔獣でもいいからそばにいてほしいと願う幼さの根源にあるのは愛の不足、というやつだろうか。親の愛、親族の愛、友の愛、いろんな愛がこの世にはあるけど、まさか。
そんな、それこそまさか。黒さんにこれまでまともな愛がなにひとつなかったなんてそれこそ妄想もいいところだ。でも、時折見せる幼さと異常な強かさはひょっとして。
そうせざるをえなかったから、か。強く在り、強いように見せかけねばならなかったってことで。黒さんがこの世界に来たのは六年前、十二の時。まだ甘えたい盛りだった筈だし、おかしいとは思っていたんだ。どうして元の世界を捨てるように渡界したのか。
「あの、訊いてもいいですか、く」
「レイリン、でいい。レリー、も可だ」
ぶほっ!? なん、なにいきなり超可愛いこと言いだしちゃってんのよ、あなた。
これ、自分じゃなかったら、非力の自覚があり、絶対敵わないって知っていてあとの報復が怖いからなにもしないだけの自分じゃなかったら余裕で襲われちゃうよってね!
そうなんだろ、防衛担当筆頭犬。つか、そのフロウもぽかーんとしちゃっている。ご主人様黒さん、じゃねえや。レイリンさんの変貌ぶりに。ちょ、ホントどうしたこと?
だけど、自分は問えない。「寝ぼけてます?」というのすらも言えなかった。なぜってそれはレイリンさんが震えているから。小刻みに震える体を自分に寄せてもたれる。
紅い瞳にある孤独。怯えて恐怖し、自分なんかに縋ってくる彼女に言えるものか。
だから今は彼女のしたいようにさせてあげる。そう、目があったフロウとも満場一致で決まったのでフロウは不服不満そうにぶすっとしているが、不承不承ながら堪えた。
主に自分への制裁を。……お前ね、ちょっと、もうちょっとは自重しなさいって。
んな簡単にキレてどうする。そんなのでよく勇者のお供名乗れていたもんだよね?
なんて、自分がこっそりのつもりで思っていたらフロウが目聡く察してじろり、と睨みつけてきた。うお、怖ぇ。こいつマジ怖い。わかった。お前実は化け物だろフロウ?
っとと、フロウ化け物怪物説は置いておいて。今まで訊いたことなかったし、訊かない方がいいかと思っていたけどレイリンさんってどんな世界で生きていたんだろうか。
だって、その元々生きていた世界を捨ててこの異世界へ渡ったばかりでなく契約期間を超過してい続けている理由とはなんだろう。尋常ならざる理由。それはわかるけど。
「あの、つかぬことを訊きますが」
「?」
「元の世界でどんな暮らしをしていたから」
こんな過酷で異常が常みたいな異世界生活を選んだっていうんだ、レイリンさん。
自分のつかぬこと質問にレイリンさんはしばらく黙っていたけど自分の肩に頭を預け直して重かった口を開き、重かったわりに淡々と連絡をするような調子で語りだした。
「俺は、元いたあの世界で公爵家の嫡子に相応しく、男として育てられていたんだ」
へぁっ!? 公爵って、貴族の爵位で一番上の位じゃなかったっけ? たしかそうだったと思うけど。なるほどレイリンさんの時折見せる品のよさは家柄の影響……――?
ちょっと待って。今さっきすごく異質な音が混ざったような気がするんだが、どういうことですか、それは。「男として育てられた」、だと? え、なんでだってレイリンさんはあきらかに誰がどう見ても女性じゃないか。なのに、なにの事故で男としてって。
自分は驚いて二の句が継げぬ、なんて状態だったがレイリンさんは察してご自分の過去にあった境遇というのを続けてくれた。それは、とてもひどくて悲しいお話だった。
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