0143 樽の上、もとい処刑台上の自分


 これはもしや噂に聞く恋の病が引き起こす禁断症状だとかいうアレかね? だって黒さんのこの反応からして今まで彼女に口説き文句を吐いた男いなかった感じじゃない?


 ……んー。それはそれで謎。だって黙っていたら引く手数多だし、もし口調の男前さにびっくりしても彼女ほどの美女口説かないって男として死んでいる、と思いません?


 自分はもちろん死んでも枯れてもいないので黒さんを普通に異性として見て、高嶺の花だとはわかっている。わかっているけど、でも、好き。……そっか、好き、なんだ。


 すとん、と思考が着地した。これまでの道中にあったもやもやした気持ちの正体がようやくわかった。好き。だから、無力さを恨んだし、なにもできない自分を憎み、悔しさを噛んだ。腹立たしかった。好きだから、大好きだからこそ彼女を助けたかったんだ。


 なるー、と納得した自分。納得、したはいいが背後で噴きあがっているどす黒い殺気はどうにかならんものか? もはやお馴染みのフロウ殺気ではあるが、一番濃いです。


 これまでの中で一番、最も、特等級に濃い殺気放ちまくり、大放出フロウは黒さん命令を待っている。彼女の「やっちまえ」を。そうすれば正当に自分を処罰できるもん。


 なんて、世を儚んでいると視界の上っかわ隅っこで黒さんの手がもじもじしているのが見えたので、急にもよおしたのだろうか? だなどとバカ考えてから視線をあげた。


「そ、んなことを言ったのは貴様、だけだ」


「なにそれみなさん目が病気? そんな眼病予備軍どころか大発生しているアホ共になに言われたか知りませんが、自分は可愛い、と思いますよ。たまに毒舌はすごいけど」


「う。ぅー……っ」


 なんだ、唸ってしまわれたぞ。え、自分はどうすればいいんだろう? フロウの殺気は消えていないのでこいつの姿は敢えて探さないでおこう。その方が心穏やかだしね。


 しっかし、船でも思ったけどホント口は禍の元だな。今後というか来世では発言などに充分気を配って留意しよう。ま、気を配って気をつけたところで限度があるけどさ。


「ち、なみに」


「血波に?」


 なにそれ、そのすごく不穏な単語。血の波を起こしてそれに乗せてやるよ、ってことが言いたいのか、黒さん。どうしたの、やっぱりすっごく癇に障ったし怒っているの?


 自分が再三となるも黒さんを窺うとほんのり上気したお顔で少々もごもご言っていたけどもやがて意を決した様子で自分の目の前まで来て自分に視線をあわせてしゃがむ。


 んで、もう少しだけ言いにくいことを言うのに口を無音ではくはくさせていた黒さんだったが、ようやく口にしてきたのは自分には予想外の言葉というか音の羅列だった。


「ちなみに、どう思っている、俺のこと」


「え゛っ」


「え。言えないくらい嫌いか?」


 違う。なにをいきなり言わせようとしているんだ、あなた。好きな女性に真っ向から愛を囁け、と? なにその羞恥ぷれい。自分を恥ずかしさで珍死させようという腹か?


 やめて。いかに自分がヘボの駄犬でもそんな死に方したくないっす。が、黒さんの瞳に揺れる不安そうな色。これに負けない、勝てる、全然平気ってやついないだろうよ。


「嫌いどころか好き、ですよ。はい」


「そ、そう、か。よかった」


 なにが? なにがよかったなのかな、黒さん。ひとりご納得のところ非常に申し訳ないがそろそろこの後ろの畜生がブチギレそうなので一言添えてくれると嬉しいんだが。


 あばばばば。ヤバい危ないデンジャー! 気分的には樽の上の青髭だか黒髭だか。


 そこら辺りです、と言っておく。マジもんの危機にはならないと思いたいけど自分的にはハイパーなド危険だと。危機一髪が一〇〇〇発って感じでヤバい予感しかしない。


 お願い気づいて。この根性捻じれ曲がったクソお犬様に言って聞かせて黒さんっ!


「あの、黒さん?」


「いや、そ……あ、勉強するんだったな」


「とても手につきそうにないんですけどいろんな意味で。とりあえずとっかかり自分の背後で轟々と殺気立っている犬にちょい一言添えていただけると助かるといいますか」


「フロウ?」


「グルルルル……っ!」


 うへえ。今までも散々低っ!? 思ってきた唸り声だが今日のこれは別格別次元。


 もはや異次元の重低音だよ、フロウ。お前どうやったらそんな音がでるってのさ?


 なんてのはどうでもいい疑問だよねー。自分もそう思うよ。とりあえず、やめてくださいフロウさん。自分の胡麻な心臓が蚤の心臓になる。これ以上縮むのは勘弁だぞっ!


「どうした、フロウ。ユウトは俺を貶したりしたわけでないのだとわかるな。ん?」


「きゅうーん、あうあう」


「? まあ、落ち着け、フロウ」


「……ふひゅーん」


 黒さんに宥められたフロウの心の声が聞こえてくるようだ。「なんでこんな駄犬をご主人様が庇うんだ」とか「命拾いしやがってちっくしょー!」だとか? ……なによ。


 お前はどういう計量機を使っているからそんなに自分を軽々しくはかれるっての?


 ひどすぎるだろ。いや、しかし。改めて黒さんをちらりと見てみるが、変わらず見慣れない装いをしているせいか、別人に見える。フロウをいいコ、いいコしている手つきはいつも通りだけど、ネグリジェといい、髪型といい、女の子大炸裂って感じですなー。


 新鮮で可愛らしすぎる黒さんに自分胸がきゅうん、となるっていうか、心臓に太めの矢がグサッと突き刺さったような衝撃を受けておりますとも。ああ、これが恋の予感?


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