0142 墓穴掘りまくりだよどうした自分


「いや、え? だから、可愛いなー、って」


 瞬間。黒さんの方が今度は固まった気がする。ビシッと石になってしまわれてね?


 てゆうか、その可愛らしさで自己認識「キモい」ってどんだけ自虐的なんだ、黒さんってば。んな可愛い光景も存在もいないっつーのになにを誤解しているんで、あなた?


 ……ん? ちょ、待って待って自分今さっきなんて言ったんだったっけ。可愛い、ですよ、とな? 彼女に、豪快にして無双な強さと勇ましさを誇る彼女に可愛い、って?


 ヤベえ。これはかなりヤバい。まずい。かなり確定的に極刑だそうに決まっているだって自分の背後にいるフロウがイライラオーラに加えて嬉々として殺気噴出させとる。


 ダメだ。取り消しようもないくらいふっかーい墓穴掘った。掘っちまった、自分。


 この男勝りなんぞにもおさまらない黒さんに「可愛い」だなんて失言かましちゃったわけだし、ぶん殴られるか、フロウの死刑私刑か、選択肢的にはこんな感じですかー?


 えっと、この度のユウト君死因は失言による自己殺害。で、あっているんだろう。


 即襲いかかってくるかと思ったフロウが動かないのを不審に思ったが黒さんが固まったまま目を真ん丸くして頬を染めているのを見て察した。こいつ、黒さんの正式なる「れ」命令を待っていやがるんだ、と。くっ、そんなもん時間の問題以前に秒読みだよ!


 で、その黒さんだが、頬を真っ赤に染めて体の前で手をそわそわ動かし、自分をちらりと見ていった。なに? どうぶっ殺してやろうか、検討中ってことでいいですかね?


 ああ、どうかいけるものなら天国に――。


「俺、お、れが可愛い……?」


「あ、あああああの、すみませんっ! 本音がぽろっと飛んでいったといいますか」


「俺が、可愛い。が、本音、だと?」


「はいあのすみません! 自分、悪気はなかったです。ただ正直な感想がでちゃったといいますか、こう、なんですか。うん、正直なこと言うのって時として愚かですね!」


 自分で使っていて文法とかどうした? 問いたくはなるが、今はそんなもんどうでもいいからなんとか素直な感想ぶちまけちまったことで買ったであろう怒りを鎮火しないと一秒後の自分生存がひっじょうに怪しい以上に危うい。なにが怖いって、黒さんだよ!


 なんで、なんでなにも言わないの。事実確認だけして満足しないでくれないかな。


 めちゃくちゃ言質取ってくるのはどういう意向で、でしょうや? いやあの、少なくとも自分を生かしておく為のものじゃない、なさそうだよなってのは自分でもわかる。


 てか、いつもだったらもっと即決で自分に罰くだすなり、小言するなりやる黒さんなのに今日はどうした? ちょっと執行猶予がつきすぎじゃないかな。お陰でフロウ殺気が大変なことになっているんだが。おぼぼぼぼっ、こいつはマジでどういう強烈殺気だ。


「か、わいい、可愛い……?」


「? あのてかどうして自覚ないんですか、黒さん? こんな綺麗で美人でその上可愛いなんて最強じゃないですか、って自分常々思ってい……ああっいえごめんなさい!」


「なぜ、謝る?」


「だ、だって不快じゃありませんか。こんなヘボに可愛い~、とかって萌えられて」


「も、萌え……っ?」


 あ。やってまった。今度こそやっちまった、自分。なに深い深い墓穴を自分でえっさえっさせっせ掘っちまっているんでしょうか、自分はなにか。自殺願望があったのか?


 などとどこか遠いところを眺める心地だが、実際の自分はささっと動いて長椅子そばまでいって正座。お叱りを受ける準備万端です、黒さん。もうあれ、いつでもどうぞ!


 そう心を決めて黒さんをちらりする。と、なぜか真っ赤な顔で頭から、湯気……?


 あれ、あれれれ? ひょっとして黒さん照れているとかってなことないよね。ないないない。ありえない。強かで美しく苛烈で厳しい黒さんが照れるってどういう状況で?


 でも、現状を無視してぶっちゃけ感想を言うなら……やっぱり可愛い~、になる。


 とは言わないが。だってマジで自殺願望はないし、普通に生きていたいんだから。よって少しでも生き残れる選択肢を、と思うのにどうしてさっきから可愛いしかでない?


「か、可愛い、のか、俺が? キモく」


 自分が黒さんの美貌が怒りで染まる瞬間怖ぇ、と思って顔を伏せているとその黒さんが呟いた声が床で跳ねて自分の耳に飛び込んだ。なんか、まだ変なこと言っているぞ。


 キモい、とかどういう誤認識だ、黒さん。あなたの可愛さに敵う女いるもんじゃないだろうがよ。例えいたとしてもそれはきっと人間ではない。神様とかそれ系の存在だ。


 で、質問されたわけだし、ここは誠心誠意本音をお答えしておこう。例え、そのせいで殴られても、しょうがないよ。だって本心なんだし。可愛い、可愛い、可愛すぎる。


「可愛いです。キモいって誰に言われたんですか、黒さん。そいつ目腐っています」


「……っ、ぅ、ぅぁ、あ、そう、か?」


「そうですよ。キモいとか誤解すごすぎる」


 そう。誤解すさまじいよ、黒さん。でもそれ以上に自分のド阿呆発言すごすぎね?


 やはり、自分自覚ないだけで自殺志願というか願望があるんじゃない? じゃないとこんなこと素面で言えない。それも黒さん相手にとか、どーんだーけ死に急いでいる?


 ……いや、可愛いなー、って思ったことはこれまでにも何度かあったし、普通だと思っていた。普通に黒さん可愛いって思った。当たり前すぎて流そうとしたけど、これ。


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