誰も知らない、勇者の澱

0141 異世界人生最大のびっくりだ(多分)


 妄想だ、妄想。誇大化しすぎている妄想だと決着をつけた自分は本の続きに集中。


 読み込んで少量の魔力をいかに増幅させるかという方法を模索する段階に入って、黒さんが休むのか脱衣室に入っていったので自分も勉強を切りあげて早めに就寝する準備にかかった。部屋備えつけのパジャマに着替えて布団にもぐった。扉の音。衣擦れの音。


 黒さんもベッドにもぐった様子。自分はしばらく自分の妄想を千切っちゃ投げして無心になろうとしていたんだが、どうにも目が冴えてならず、寝返りばかり打っている。


 冴え冴えとした目と頭。双方抱えて自分はため息をついてしまう。ダメだダメ。こんなことでどうする? 明日も勉強漬けの日だってのにこれじゃあ支障がでかねないぞ。


「?」


 そこでふと、気づいた。黒さんが、寝ていないってことに。いつもベッド入ったら結構即行で眠っていらっしゃると思ったのに、どうしたこと? いえあの緊張感がないだの、女性としての自覚がないだの、どういう無防備さだとは言わない。言えないことだ。


 なにしろ、自分の方が数倍といわずうん億倍も弱いんだから。無防備ですよ、とか言ったところで危機感を抱かれるとは思えない。だけど、どうして眠れないんだろうか?


 彼女が寝つけないなんて相当だ。やはり今回のクエストについてよほど思うことがあるんだろうか。それとも、関連して苦い記憶が浮かんでいるとか、そういうの、とか?


 うーん、どうしよう。話を聞いてあげるべきか、そっとしておいてあげるべきか。


 ごそ。身動ぎの音。黒さんが寝返りを打って自分の方を見てきた。暗い中で煌めく紅い瞳が美しい。陳腐な例えだが力強く夜空を進むほうき星のようで燃え盛る炎のような瞳。


「眠れないのか、ユウト」


「黒さんこそ」


「この手の、貴族名士の相手は嫌いなんだ」


「? そりゃ、どうしてまた」


「ん。昔を、思いだしてしまう」


 昔を思いだす。そう呟いたっきり黒さんは自分に背を向けてしまった。なんとなしにそのまま見つめ続けていると彼女はごそごそして布団から抜けだしたのか、体の線が影として見えるのを整理するにベッドに腰かけている。いたが、ややあって立ちあがった。


 突然なにかする気だろうか。そう思って自分もベッドから半分起きあがった。すると黒さんはふうぅ、と長く深く息を吐きだしてご自分のことと思うが仕方ないとばかり。


「やめだ」


「え?」


「気分が悪くて眠れない。どうせパーティは三日後なのだし、今日くらいはバカして夜更かしする。外にでて運動でもすれば多少なりこの不快感が晴れるかもしれないしな」


 眠れないくらい気分最低なんだ。あの無敵黒さんがねえ? でも、人間臭い、な。


 でもだったら師匠が鍛練に精をだすのに自分が眠れもしないクセごろごろしているのはなんなので自分も起きあがる。黒さんは不思議そうな雰囲気で見つめて首を傾げる。


 これに自分はえへ、と笑って靴を履こう、として突如目の前に現れた角、ドリルな角にびびって仰け反る。噎せるほど笑うおバカの息が聞こえてくる。こんのバカ犬めが!


 が、だからといって蹴りをくれてやろう、とか思うほど自分はアホじゃない。んなことしようもんなら今度は角が自分の足を貫通するに決まっている。……うおぉ、怖ぇ!


 なんておっそろしいことを容易に想像させ腐るんだ、てめえフロウ!? と訴えても濡れ衣だ駄犬、とかって言われちゃうんだろうなー。うん、もう諦めているよ、自分。


「なんだ?」


「や。自分も眠れないんで勉強しようかと」


「……無理に付き合わなくても」


「いえ、そういうのはないです。ってのも失礼かもしれませんが自分が好きでする、したいのでこちらの方こそ気にしないでください。自分はおとなしく読書してますから」


「……そう。俺も運動はやめようかな、こんな時間に物音立てたら他の客に迷惑だ」


 そう言って黒さんは照明をつけるのに移動していったので自分は先ほど悪意満載で脅かし腐ったおバカ犬を睨みつける。しかし、さらなる笑いを誘うだけに終わりました。


 ことさらに笑いまくりフロウを自分はもう無視することにして靴を履いてベッドから立ちあがった。と同時に照明がつけられたので自分は黒さんにお礼を、と思って硬直。


「? どうかしたか、ユウト」


「えーっとぉ……」


 そこにいた黒さんは当たり前ながらパジャマ姿だったんだが、ちと予想をいい意味で裏切られた。硬派でお堅い黒さんなのでてっきりパジャマも男物? って品だろうと。


 そう思っていたのでネグリジェを着ていらしたのは意外すぎてびっくり固まってしまいました自分。驚きすぎるとひとって言葉に詰まっちゃうものなんだね。初体験だよ。


 しかも、色あいだって普段のシンプル・イズ・ベストが吹っ飛んでいく可愛らしい意匠デザインでいらっしゃる。薄桃色を基調にして白や赤い花が咲いているし、襟はレース編み。


 いかにも女の子ーっ! って感じであるのと髪の毛も普段適当に束ねているのしか見ていなかったのでおろしているの新鮮といいますか、背景に稲光しそうな衝撃映像だ。


 あまりまじまじ見るのも失礼かとは思えどもついつい目が釘づけになってしまう。


 しばらく、時間が止まっていたがややあって黒さんが自分のぽかんに思いいたる。いたったようで自嘲気味に笑って髪を搔きあげた。さらり、とした銀髪が艶めき流れる。


「普段との差がありすぎてキモいだろ」


「え。普通にめっちゃ可愛くないですか?」


「ああ。キモいとは自覚してい……ん?」


 なにやら言葉の事故が起こった。そんな気がするが、自分は思ったままを言って、黒さんも思っていることを言った。事故は起こりようがない筈だがたしかに食い違った。


 だから、黒さんは疑問符を浮かべた。なにか、自分が黒さんにありえないことを言ったのを疑うように。「ん?」と。今、なんて言った? そんなのが幻聴で聞こえるぞ。


 なので、自分はまだちょっと呆けていたまま。黒さんに見惚れながら言っていた。


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