0140 ただの平和クエストじゃない臭い


 さてさてと。食事の盆の上もだいぶ淋しくなってきたことだし、そろそろ今回控えているクエストについて訊いておこうか。なんかかんか忙しくて聞いていなかったしね。


 パーティがどうの、というのだけは聞いていた。黒さんを指名で、ってのも聞いたけど具体的にどういうことをするクエストでなにか備える必要はあるのかどうか、とな?


 黒さんが主菜の最後の一口をフォークで刺してお口に放り込んだので自分が口を開こうとしたがそれより早く黒さんがクエストの受注票らしき紙を渡してくれた。もらう。


 言語を切り替えて読んで、はてな。


「名士のパーティに一般参加せよ、って?」


「ん。表向きはそう書くんだがな」


「って、ことはいやーな裏があるんだ」


「……秘密裏な護衛と緊急時の対応が主だ」


「護衛はなんとなくわかりますけど、緊急時の対応ってなんですか? 殺人予告?」


 自分がまあうん、適当にだったけど言ってみたことに黒さんは違う、と首を振ってパンの最後の一欠片を口の中から消して、っつか咀嚼し、ごっくんして、教えてくれた。


 パーティという特殊な場で発生する可能性がある緊急時の内容ってか定番のもの。


 黒さんはもうすでにげっそりしている。


「貴族名士連中が一堂に会するとろくなことにならないというのが俺の教訓だ。己の見栄を張りたいが為に男同士のナニ比べもよろしくくっだらないもよおしをやりたがる」


「もよおし? 出し物?」


「ああ。メインにさえなっている、この手のものは。手前らの自慢の品をご披露、というのがな。この際持ち込まれるものが名産品程度ならば勝手にしろ、だが中には異常な蒐集癖で持ち寄った魔物をアピるのがいる。そいつが暴れた時、それが緊急事態となる」


「……は?」


「魔物が暴れた際の鎮静化ないし急務駆除。こいつの対応があることを刻んでおけ」


 おげげげ。なんじゃそら。パーティだろ、楽しい席じゃないのか? なぜ危険と隣あわせでいなければならないのでしょうか。と、いうのが自分の顔にでていたらしいね。


 黒さんが心底同感、と頷いてくれた。彼女の方もその恒例行事に物申したいのだ。いい加減にしやがれ、アホ共! とでも言ってやれたら、殴れたらすっきりできるんだ。


 金持ちの感性は度しがたし、って? 黒さんは置いておいて自分は平民で貧乏人だから余計にわかりっこないな。……そう、いうことだよね、黒さん? なんでそんな顔をするんですか、あなたが。どうして辛そうな、ゆき場のない激情を消化できないでいる?


「あの」


「気にしないでくれ。俺の、私感にすぎん」


 どういう意味だろう、それは。黒さんの、私感だろうと大事なことじゃないのか?


 それとも本当に個人的な感覚だから気にしないであげた方がいいんだろうか。……けどなあ、どうも流してはいけないように思うんだ、自分。そうだって思いたい、自分。


 スルーしちゃいけない黒さんにとっては一大事な事柄なんだって思ってあげたい。


 無理に踏み込もうとは思わないが、それでも黒さん、元気ない。また、なくなってしまった気がする。もしかしたら、指名が入ってなければ敬遠する、したい仕事なのか?


 ひどく苦いものを飲んだような、苦しそうな表情で炭酸水のグラスを揺らす黒さんは心ここに在らずのような状態で水を揺らし続けた。ややあってちゃぷ、と音が響いた。


「すまない」


「え」


「自覚はしている。こんなコンディションではならないというのと、俺はプロだ、というのもわかってはいるんだ。が、どんなに鍛えたつもりになっても心は支配できない」


 いや、そりゃそうだ。心なんて曖昧ですぐ揺らいじゃうようなものが簡単に操作できたら世話ない、と思うんだけど、自分。だから謝る必要なんてない。なくていいのに。


 まったく。これだからまじめなひとは心労が多いんだよな。そのうち心的負荷が原因で倒れちゃいそうだ、黒さんとかだったら心も克服していそうだったけど、違うんだ。


 そのめちゃクソまじめな黒さんの目は過去を見ているみたいに見えたのでフロウの方へちら、と視線をやる。やってみたが魔犬は首をふりふりついでに「?」と首傾げた。


 それってつまりフロウも知らないくらい昔ってことかもしくは前にいた世界での?


 でも、それってどういう環境だ? 黒さん、パーティなんかに出席するような環境にいたのか。いや、だがだから、それにしたら一人称がおかしいって何度考えたらいい?


 アレか。自分はアホなのか? 訊くべきか、訊かないでおくべきか。悩みどころだけどここはそっとしておこう。なぜか悔しい心地だが、堪えて抑えて我慢して封じよう。


 ……例え、それが、そのことがどれほど自分の胸に針棘を突き刺してこようとも。


 そんなのはどうでもいい。自分のことなど彼女に比べれば瑣末だ。そう在るべき。それが自分という役回りなのだから。貧乏神や疫病神に死神が憑いていようと関係ない。


 いつか、どこかで自分は見た。泣いている黒さんを見た、と思う。すごく曖昧だ。だけどでもそんな気がした。どこかの黒さんは弱くて、脆くて、儚くて……そして――。


 現在の印象と真反対で。涙脆い泣き蟲で、淋しがり屋の甘えん坊で、強がっているけど弱い。それなんて妄想? てか、あれ。失礼じゃね、自分。いやいや失礼すぎるよ。


 そう、思うのに。思いたいのにどうしてそんな弱い目をするんですか、黒さんっ?


 やめてくれ。そんな中州に取り残された小動物みたいな目をしないで。自分に期待を抱かせないで。無理だ、ダメだ。できっこない、そんなこと。だって、自分なんぞに。


 ひとを、救う。そんな神様みたいなこと真似事でもさせないでほしい。そんなの人間の自分如きには許されない事象だ。それも自分より遥かに強いひとを救う、だなんて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る