0023 あの、右も左もわかりませんが?


「ふ、ざけんなっ! じ、人狼と同じ場所で待てだぁ? 喰われろって言っているようなもんじゃねえか。そ、そうだ。そそそいつが手引きしたんだろっ餌の提供によぉ!」


 わからないらしき男はわなわな震えて自分に説明をしようと口を開きかけた黒さんを遮って声を大にした。痛いところ衝かれてこの上女性に足手まとい扱いされたからな。


 頭に血がのぼるのは結構だが、これ以上黒さんの邪魔になる言動取るようならそれこそフロウが今度はアンタの空っぽの頭を噛み砕くと思うな、自分。フロウが低く唸る。


「アイラが、な。最愛の夫と娘がいる村に袂を別った別派閥の人狼共を招く? それは貴様ら亜人が、隣の村に人狼をけしかけて難を逃れようと試みる以上に不可能だ。彼女はずっと亜人に友好的で在り、そう在るあまり「血を裏切る者」と呼ばれるほどに、だ」


「黒さん、いいんだよ。これは私が」


「いや、俺がここの守りを任せているせいで白い目を向けられ、挙句の果てにはご両親の墓に手をあわせにいくこともままならない。そいつは俺に責がある、というものだ」


 悲しそうに耳を垂れるアイラさんに黒さんはお堅い態度を崩さず、ご自身に責任があると強調し、大剣を背に負って特殊鋲で鞘を固定する。どうも彼女は準備万端らしい。


 黒さんの臨戦態勢を見てアイラさんも両手に力を入れ、爪を鋭く伸ばす。アイラさんが厳戒態勢になるのを見てこの村の連中は彼女の邪魔にならない場所に固まりだした。


 そばにはアイシアもいる。ティドさんもカウンターをでて妻と娘のそばに控える。


 外部からのおバカ共はものの見事にスルーされた。無視られたやつらはだが、どうすればいいかわからず、おろおろしている。まあ、自分だって似たようなものだけどね?


 だって、この四角いのなによ? というところから意味不明なんだもの。これで人狼退治に参戦しろ、って言われているんだよ? どうよ、普通に慌ててもよくないかな。


 なのに、自分自身はなぜか落ち着いたもので。うっかり緊張感がない? と疑ってしまう、自己不審に陥りそうになっちまうっつー感じなんだが、いい加減説明ぷりーず。


「黒さん、これっていったいなんですか?」


「針式銃、と思っておけばいい。弾丸の代わりに軽量の針を使うので初心者にも向く扱いに易い得物だ。この小窓に残弾が表示されるので切れる前に本体を開けて補充しろ」


「もしう、うっかり、切ら、したら……?」


「寿命も切れて命尽きるだけだな」


「なにを淡々と言ってんの!?」


 うぉおお、なんつーおっかねえことをすらすら言ってくれちゃっているんだ。絶対にてか常に残弾気にしておかないとヤバいってことがわかったところで黒さんが一回だけ本体を開けて中の針を全部ジャラジャラだして綺麗にかつ手早く補充してみせてくれた。


 ……。終わり、ですか? そうですか。そうですよね。だって事態は一刻を争う感じですもんね? というかむしろ自分の為に時間を無意味に使わせてどうもすみません。


 だからな、フロウ。そんな呪い殺しそうな目で自分を睨んでくるんじゃないのっ!


 自分だって不本意だ。不本意だし、黒さんの意図がまるでわからない。なぜにこの素人以下のボンクラに相棒を務めさせようとしているのさ。いや、ここに残っても一切役に立たない自信あるけど。でも、だからって居残りが邪魔だからって実戦にだすかぁ~?


 おかしくね? はじめてのクエストが結構階級上位に喰い込んでいると思しき魔物戦闘っていやはや疫病神の微笑みもここまで徹底していると死神の爆笑に思えてくるぞ。


 自分は、だがもうやるっきゃないってので腹をくくって針式銃の残弾を確認。三〇入ってはいるが、黒さん談によると今夜の人狼は平常の比じゃないんだよな。補充の針はこれで足りるのか? とか不安にも思うが、多分大丈夫だ。黒さんが補佐を、して――。


 ……あれあれ? 黒さん、一緒に来てくれるよね。まさかひとりでいけ、とかそんな無情宣告しないでしょ? し、しししないでね。ね? え、嘘でしょ、そんなまさか!


「ユウト、俺の背にしっかりついてこい。はぐれたら……自力で頑張って生き残れ」


「さらっと怖いこと言わないで!」


「このくらいがどうした。男だろ?」


「男も女もないっ! こんな状況でびびらないのあなただけだってば! 薄々ながら思っていましたけど黒さんってやっぱり感覚諸々いろいろと基準がおかしいでしょ!?」


「……。まあ、無駄口は以上にしていくぞ」


「その間はなんなんですか? ちょ、ひょっとしなくても自覚あるだろ、黒さん!」


 しかし、自分の全力突っ込みを無視して黒さんは颯爽と酒場の扉から外へでていってしまった。なに、逃亡? ……。ってダメじゃん逃げられちゃ! 自分が死ぬっての!


 はぐれた瞬間デスる自信があるぞ、自分。つまりはだ、ここで逃げられたらもう超速度で死ぬというアレな未来確定なんです。困ったことに。おっそろしいことに。なので、自分は急いで黒さんを追いかけて酒場から飛びだして暗闇に飛び込んだんですが……?


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