0022 なんといういやんな展開


「初仕事だ、ユウト」


「えーっ! いきなり難易度高くない!?」


「俺の初仕事は? 歳はいくつだった?」


 うぐ。ぐくうう。それ、それを言われちゃ無理ですは利かないじゃないの、畜生!


 そうだ。彼女だってほぼ同じ条件で同じような仕事をこなしているんだった。これで必然的に「いやだ」は封じられた。くう、わざと、狙ってやっていないよな、黒さん?


 ちょっと訊いてみたい気もするが今は置いておく。この謎物体について訊く方がよほど建設的で有意義だし、説明書ぷりーず。……え? まさか説明もなしにいってらっしゃいってこたぁないよな? いやいやいや無理無理無理っ死ぬ死ぬ死ぬ、死にますから!


「よお、姉ちゃん。んなひょろい野郎よりはこっち、俺がついていってやろうか?」


 自分が顔面蒼白で黒さんに一歩近づいた瞬間、知らない男のだみ声が割って入る。


 うっせえ、ひょろくて悪かったな。しかし別にアンタにゃなんの迷惑もかけてねえんだからどうこう言われる筋ないっつーの。人狼ショックを受けていると思っていた酒場だったがひとりが抜けだすと我先にと立ちあがる者がいる。うん。腕自慢で羨ましいよ。


 でも、黒さんは申し出に一切応えることなくポーチの別カプセルから小箱を取りだして自分にくれた。あの、無視っすか? はあ、いっそのこと気持ちいい無視っぷりだ。


 でもまあ、気持ちはわかるような気もする。なにしろさっきの野郎など明らかに黒さんを格下扱いにしているのが空気に滲んでいた。だからか、フロウは比例で殺気立つ。


 こ、こここ怖ぇなこの犬っころ。自分の方がフロウのイライラにびびりながら小箱を確認すると一〇センチくらい長さの銀色が煌めく針が入っていた。す、すげえ綺麗だ。


 と、ガタンっなんて乱暴な椅子を蹴倒す音がしたがそれを上塗りするバギンっバリバリ! とかなにかを噛み砕く、粉砕する凶悪にして凶暴な、とんでもない音が響いた。


 酒場を見渡し、状況整理。どうやら先ほど黒さんにスルーこかれたおっさんが苛立つままに立ちあがったはいいが、先にブチギレたフロウの牙が男を余裕を以て襲撃した。


 着地したフロウの牙がさらに噛み砕くのは男が身に着けていた鎧の肩部分その残骸であった。……な、なにこいつ。鎧って犬が噛み砕けるものですか? え、変じゃねえ?


 酒場で立ちあがっていた者たちが軒並み青ざめていった音が、血の気が落下するザアアなる音が聞こえてくるかのようである。人狼退治に名乗りあげようとしていた連中だったがフロウの牙、顎の力のほどにびっくり余って恐怖しているご様子。自分も怖いが。


 だって、この日一日だけでも何度あのクソ犬に噛みつかれたことか、というのを考えるとアレが甘噛み、そう思いたくないくらい痛かったがそれでも甘噛みだったと納得。


 納得するっきゃないっしょ? じゃなきゃ自分今頃再起不能に陥っていたっての。


「フロウの牙すら防げぬちゃちな防具。手入れを欠いた武器。酔って鈍った頭。そんなもんで俺についてこられても俺の仕事が増えるだけ。甚だ迷惑だから引っ込んでいろ」


 黒さんの指摘。指摘だがちょっとバッサリ一刀両断しすぎじゃないか? 容赦なさすぎるだろ、あの言い方は。でも、黒さんが言ったことを踏まえてよーくよく観察する。


 脆い防具という点は比べるものが違う気がするし、フロウが黒さん噛むわけない。


 よって比べようがないのですが、得物に関しちゃあ別だ。男の武器。大きな斧でアレをまともに喰らったらそれこそ一撃で死ぬだろうな。でも、手入れという点では……。


 黒さんの大剣と見比べてみる。違う。明らかに黒さんのつるぎは丹精込めて、愛情を含めて綺麗に研がれているし、錆ひとつなく、鏡のように酒場の中の景色をうつしていた。


 引き替え、男の大斧はくすんだ色味。染み込んだにしては薄い血の跡がこびりついている。昼間、グロングル森で訓練してそのままほったらかしの図が容易に想像できる。


 そら、黒さんが、六年もの間、過酷さに遭ってきた彼女が一瞥で武器の整備度合いから男の力量のほどに見切りをつけるのは道理だな。武器とは己が命も同然だと聞いたことがあるような、気がする。記憶ないクセになしてこんなどうでもいいこと覚えている?


 得物とは命であり、恋人であり、生涯の伴侶に等しく扱われるべき特等大切な品。


 それをぞんざいに扱っているような輩がたどる先なんて言われずともわかろうに。


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