一章 人狼

自分、どれだけついてない?

0021 なにこのとんでも事態!?


 肉どころか骨まで噛み砕かれそうな予感。うおぉ、想像したせいか背筋ゾゾッとしちゃった。なんという凶暴さか、フロウこの野郎。……あれ? 変だ。寒気が去らない。


 負の妄想は終わったんだから寒気が去ってもいいんじゃないかな? 余計に強く感じるこの悪寒は、いったい、なに? なにか、感じているとでもいうのか、自分如きが?


 だが、異変を覚えたのはどうやら自分だけではないらしい。フロウが耳をピンと立てて低く唸り声を漏らしだしたし、黒さんが眼光鋭く酒場の外を睨みつけたので。怖っ!


「お、い、フロウ? ちょ、黒さ」


「のけ、ユウト」


「え」


「ゆっくり俺の後ろにまわれ。動くなよ」


 呼ばれ慣れない自分の名前にも戸惑うが、それ以上に黒さんの低く鋭い声に、雰囲気の変化に惑った。これまでの芯があるしっかりした声に相違ないが、纏う雰囲気から柔らかさは吹き飛び、数段も鋭く冷たくって。まるで、獲物を前にした猟人のようである。


 なんか怖いので言われた通り、椅子からゆっくりおりて物音を立てないようにそっと黒さんの背中側にまわる。黒さんは腰からボーガンを引き抜いて素早く構えてみせた。


 酒場の連中はみな黒さんの行動に冷やかしの笑いや手拍子に指笛を吹いているがなにかな? バカってことかな? 自分が素人だからこそ鋭く察せるのか、素人すら感じ取れている異変に気づかないくらい酒に頭やられているってことだろ? 呆れるぞ、マジ。


 ……。なんだろう、この、感じ。なにか、得体の知れないナニカに睨まれている。


 ねっちょりとした、粘着的で攻撃的な視線を感じる。あまりの悪寒に気分が悪い。


 とりあえず黒さんの動きを邪魔しない位置で待機する自分がびくびく事態の推移を見守っていると唐突に動いた。酒場の扉が吹っ飛んできて宙を舞ったが黒さんは意に介さずボーガンの引き金を絞って連射。数本の小さな矢が飛んでいって、ナニカに命中した。


 そのナニカが倒れる。深い剛毛に包まれた二足歩行の獣。自分が抱いた第一印象。


 全身剛毛に覆われている巨体。大顎に並ぶ黄ばんだ円錐形の牙の列。黄金の目はひっくり返って白目を剝いている。小さくひくひくと痙攣していたそれの動きが完全停止。


 酒場が水を打ったように静まり返った。


 全員がその、自分からしたら得体の知れないナニカに心当たりがあるようだ。誰かが息を呑んだ音が異様に大きく響いたような気がする。黒さんの手で亡骸となったモノ。


「じ、人狼……?」


 ……。いかん。酒気だけで酔ったのか、自分。なにか聞こえちゃいけない単語が聞こえてきたっす。ってゆう自分誤魔化しには限界がある。改めて整理しよう。――人狼?


 え、ちょっと待ってそれってば黒さんが退治した筈じゃないの、か? しかもこの村には特殊な結界で守りの術がかけてあるって言っていなかったっけ? あれ、あれれ?


「ちっ、俺のいやな予感は必ず当たるな」


「ど、どどどどういうこと?」


「満月の光には人狼の力を数倍にまで跳ねあげる摩訶不思議な力がある。それのせいで結界を破られたか、あるいは人狼は触れられんが要岩に異変でも……ともかく結界が今現在機能していないのはたしかだ。アイラ、しばしここを頼む。俺は外を掃除してくる」


「あ、ああ、わかったよ」


 黒さんのしてくれたいやんな話に自分は心臓が縮みあがる心地だ。それって、結界が機能していないこの村は襲い放題な状態で、人狼が群れでここに来ているってことか?


 そういう認識でいいのでしょうか。なにそれ一日の終わりになんつー罰ゲーム感もっさりしたいやなイベントだよ。嘘だ。冗談だ。暗黒の冗句だ。眠気が一気に飛んだよ。


 自分がドッキンドキン鳴りまくりな心臓を胸の、服の上から押さえると足下でなにかが動く気配。自分がギクっとしたら、された側フロウは「なんだコラ?」みたいな胡乱な目で自分を一瞥していき、黒さんに駆け寄っていき、彼女に一回すり、と擦り寄った。


「フロウはここでアイラの手伝いを。もし手に負えない事態になった場合は報せろ」


「おんっ」


「いいコだ。では、アイラ。無理はするな」


「わかったよ。でも、なんだって……」


「それは当事者連中に質さねばなんとも言えん。さて、ユウト、貴様は俺と一緒に」


「え、自分っ!? なに盾代わり!?」


「安心しろ。かかしの代わりにもならん」


 おいちょ、じゃあ、いったいなんの為に恐怖一色ロードにご同行だ、自分は? 体よく殺す気なのか黒さん? だって今って外、人狼が溢れているんじゃなかったっけ!?


 つか、何気にひどいこと言われた自分。かかしの代わりにくらいなれるわ! 失敬だな、まったく。いや、なりたいわけじゃないんですが。って、外は今、危険なんじゃ。


 とか突っ込みたいことは山ほどあるがなにひとつ言葉にできないでいる。なぜって黒さんが忙しそうだからだ。てっきりあのボーガンで立ち向かうか、と思ったが違った。


 黒さんは腰にさげていたポーチに入っている薬、ではなさそうだがカプセル状のなにかを吟味し、ふたつ取った。ひとつは迷いなかったが、もうひとつは少し考えてから。


 黒さんはそれぞれにまるで指紋認証させるよう人差し指を押しつけた。ら、ぼわんと煙が立ち込めたがすぐ晴れた。現れたもの、それは黒さんの身の丈ほどある大剣おおつるぎ。それとセットだと思しき重厚で硬質そうな盾。あとはおまけのように四角い銃(?)が一丁。


 黒さんはカウンター席の空きに置いていた外套をバサッと翻して着込み、左腕に盾を取りつけ、右手一本であのバカでかい大剣を持って左手で鞘を引いて刀身を確認した。


 どんな、どんなバカ力だ、このひと。自分だったら床に突き刺さないと無理できない無謀すぎるっての。んで、刃の点検を終えた黒さんは自分にあの四角いものを寄越した。あ、はい? えーっと、これってどういう意味でしょうか、黒さん? いや、やめて!


 でもね、いやな予感は当たるもんだよん☆


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