0020 犬お咎め視線に刺されながら夕飯
宿屋での黒さん謎発言について自分がさらに追及する間はなく、黒さんはそれ以上にはなにも、満月か、というの以外になにも言わず宿屋をでて、あの酒場へと向かった。
心なしか昼間より客入りがある。でも、カウンターは三、四席空いていたのでそこに座って黒さんが注文してくれた鶏肉の黒カレーライスとライチジュースで夕飯となる。
様々職業体験して緊張といろんなドキドキ出来事のせいで疲れていたのもあって手をあわせてすぐ食べはじめ、終わった。黒さんもほぼ同時に食事を済ませてジュースを飲んでいる。自分もライチのジュースを一気飲みしてはふう、と一息ついた。美味ーいっ。
「ふいー。ご馳走様でした」
「ん。食欲があるようなら大丈夫そうだ」
「え?」
「あの回復薬の効能上どうしても食欲が落ちるケースが数パーセント発生するのだ」
「そう、なんですね。てか、またご馳走に」
「――グルルルルっ」
「お、ま、お前には迷惑かけてねえだろ!」
まったく。どうしてこうことあるごとに唸り声で脅してきやがるんだこのクソ犬。
わけわからん。いや、ご主人様に迷惑かけてんじゃねえよ、駄犬の分際で! というのが言いたいのかもしれんな。そりゃ、そりゃ黒さんにはご迷惑ご面倒おかけしまくっているさっ! 自覚しているさ。でもな、それを犬に咎められる意味がわからんっての。
黒さんはジュースを飲み干して氷をカロンと優雅に鳴らし、口元をハンカチで拭って自分とフロウのコント、もう早くもお決まりになってきているこのコントに割り込む。
「一ガネーも持たん者に自腹を迫る鬼畜ではない。それに拾った手前自立できるまでの衣食住はこちらが持つのが道理。当然のことをしているだけだから気にすることない」
うわぁい、心広ぉい黒さんってば。どこぞの犬と違って。どこのとは言わないが、青と白の毛並みが綺麗ながら心の底は真っ黒けっけな腐れ魔犬野郎と大違いだな。うん。
――がぶっ!
「ぎえぇえれれれれ!?」
「ウウウ、ガルルルっ」
「こっの野郎、いっちいち噛みやがって」
「はは、アンちゃん、フロウに気に入られたんじゃねえか? いいことじゃねえの」
「気に入った相手を噛むのかこの犬は!?」
だとしたら、普通じゃないぞ。こいつも自分という一般常識を持ちあわせる常識人の常例を覆してくれやがる独特すぎるコミュニケーションを取るということでしょうか?
おかしくない? って、目覚めてから何度目だろう、この質問は。どうして一向に答が降ってこないんだろう? どうしてなにがどうなって今、こうだというんでしょう?
「険悪、という感じでもないのでフロウなりの親愛表現、とでも定義しておけばい」
「こんな痛い親愛底の底からお断りですっ」
こんな、こんな痛すぎる、理不尽すぎる親愛ってあるかよ? と、訊きたいぜひ。
ぜひに訊きたい自分。どこの異空間に脳味噌を置き忘れた変人の思考だ、それは。
まあ、それはいいとして本当に昼より客入りがいいのはどうしたことだ? それも外部の客っぽい見てくれだ。少なくともこの辺境の村に似つかわしくない感じに見える。
……あ。そうか、たしかアイシアが言っていた。グロングル森は対魔物戦闘の模擬演習によく使われる。ともすればこいつらは村に逗留しつつ、森で訓練している連中か。
そういった連中はいかにもでものものしい見た目をしているので一発でわかるな。
全員が多少の差はあれどきっちり武装している。重そうな積層甲冑を着込んだ男はテーブル席で酒と肴、食事を楽しんでいる。魔法使いの杖みたいなもの持った細面の男は目の前の料理を黙々と片す。他には使役する魔獣に餌をやる青年なんかもいて個性的だ。
共通する項目としては全員腕に自信がありそう。少なくとも自分よりかは、数倍。
いや、しっかし、よく食って飲む連中だ。あそこの黒さん以上に重そうに見える、大きな鎧の男なんてさっきから何杯もお酒をおかわりしていて完全にできあがっている。
赤い顔でへべれけ状態だ。……ん? 酒といえばちと疑問に思うことが一個ほど。
「黒さんって成人しているんですよね?」
「? ああ。この世界は十六で成人だから二年前にな。それが、どうかしたのか?」
「いや、どうして飲酒しないのかなぁって」
自分のちょっとした疑問に黒さんはそんなことか、というような表情ではあったがなぜか声をひそめて教えてくれた。ひそひそと小声で呟かれたのは超納得の用心でした。
「俺は酒気を帯びるのをよしとしない。いつなにが起こるか知れない。愚は冒せん」
こそっとつけ足された言葉は黒さんのごく私的な感想であって、見解なのだろう。
だからこそ後ろの方でにぎやかに楽しく酒盛りしている連中に水を差さないよう留意したんだな。わかっちゃいたが、それでもかなりのまじめさんだね、黒さんってばさ。
いいのか悪いのか。つか、さ。何気に黒さん呼びが定着しているんだけど大丈夫?
村のひとたちに親しみこめて呼ばれる名前だと言っていた。それを自分が呼んでもいいものか。でもレイリンさん、なんて呼んだらばフロウがそれこそなにをするやらだ。
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