0017 今後のことで、ふたつの提案


「で、アンタ結局黒さんの犬なの?」


「違います! どこ見て犬なんですかっ?」


「わおうっ!」


「るせえ、駄犬! って言っているけど?」


「なんで犬の方を真に受けているの!?」


 なんでだ、マジで。どうして自分への不当なフロウ評価が支持される、と言うか?


 たしかに威圧感も箔もない声ではあるがそれであっても犬と比較するって違わね?


 つか、黒さん黙ってないでフロウのバカ垂れを叱って躾けて! 魔獣躾の特技は今こそ真価発揮の時でしょ!? じゃないと自分最悪変態の扱い喰らいかねないんじゃない? だって犬て、駄犬て……。それってトイレも覚えられないっつーことなんじゃない?


 どんだけ。どれほど自分を見下し腐っているんだこの犬っころはっ! つか駄犬ってバカという意味もあるんじゃない? なにそれ。自分、犬にバカ呼ばわりされてんの?


「あり、かもな」


「へ?」


 もう、こうなったら黒さんなんて当てにしている場合じゃない。そうとも。自分への不当評価もとい侮辱は自分で晴らしてやろうじゃないか! まずはフロウを蹴っ飛ばしてやろうそうしよう! ――と、自分画策したんだけど、遮る声がひとつ。……黒さん?


 はて? とっても不思議な音が聞こえた気がするぞぉ、自分。なにが、なにが「ありかも」だって? 黒さん? あの、あのなにかよからぬこと考えていないかな、こう。


「俺の使い魔、にはなれんから……ペット」


「もしもし、黒さん。意味わかって言っています? もしくは愉快すぎる冗談? 一応念の為に言っておきますが言っていい冗談ってのをわかって、区別できていますか?」


 うぬおぉおおおお、あなたまでなに言いだしてんだぁあーっ。ペットって、ペットってあのペットだよね。愛玩、ではないけどでもそういうくくりに入る存在になれ、と?


 なにかな、自分にあなたの紐になれって? って、バカかバカかバーカーかーっ!


 ある意味で、ではあるが、いったいどういう変態発言だっつの! 自分はまとも。おかしいのは黒さんの異常な超常の思考回路の方だって思うの自分の中で確定している。


 しかし、せめて自覚していてくれ。わかっていて言っていてくれ。天然ボケをこんな場面で発揮されるより自覚持っている方がまし。ウルトラましだ。もういっそお願い。


「俺はこの手の冗談、好かん」


「あっはは、それこそ冗談いってぇえ!?」


「ウガウ、がう! わう、るるるる……っ」


「俺のご主人様に向かってどういう口利きやがんだこのクソ駄犬が! 次もう一回レイリン様のこと侮辱しやがったらその空っぽの頭噛み砕いてやるかんなっ! だってさ」


「うだらぁあああっ! 過剰過激な罰の連続パワハラ容疑で訴えるぞ、クソ犬!?」


「……。フロウに本気で喰ってかかる時点で視点が同位置にありそうな気もするが。ならば提案だ。ここの仕事を一通り体験してみろ。狩り以外のもの一通り。その中でできるものがあればそこで仕事をすればいい。スキルと記憶探しの間を凌ぐ為の駄賃稼ぎに」


「ま、万が一あうものがなかったら?」


「ん? ……。そうなりゃ俺が世話してやるしかないだろう。貴様がいやだと駄々こねようがな? タダ飯が食えるのは病人でいる間だけだぞ。世間はそう優しくないんだ」


 あの、それってもし仕事見つからなかったら自分フロウ曰くあなたの下っ端犬になるってことだよね? すっごく譲歩したように見せかけてあとがないと迫られているぞ?


 黒さん、やっぱり自覚ねえんだ。困ったというかここまで清々しくボケをボケとも思わずやらかしているともう、なんか晴れやかな心地になるものなんですね。はあ……。


 いいよ。やるよ、やったるよ! やってやろうじゃないのさ。てか、辺境の村といえども仕事先くらいいくらでもあるだろ? それこそ両手指の数以上は必ず。だったら。


 就労体験とか小中学生みたいで恥ずかしいけども駄犬回避の為に必須なら喜んで!


 だって代案もないし。ああ、悪意なきどえすがいる。ここにもいたよ、どえすが。


「ならば、陽が暮れる前に取りかかるぞ」


 それだけ言って黒さんは唐揚げの最後の一口にかぶりつき、咀嚼して嚥下。炭酸ジュースを飲み干してマスターに会計を頼んでいるので自分も慌てて奢り飯を搔き込んだ。


 フロウが下の方で不満だゴラ、な目ビームを送ってきているがそれは自分の台詞。


 ただ不平不満を言っていてもはじまらないから諦めるしかないってだけだぞ? 自分は黒さんの提案に全面的に賛成ってわけじゃない。なにしろもしもで駄犬扱いが待つ。


 そんな未来を言い渡されて不安に思わないやついるか? いねえっての。当然に。


 自分とフロウが睨みあいっこしている間に黒さんはフロウの食器を片づけて酒場の会計に向かっていって手すきだったのか会計に自ら立ってくれたティドさんの計算待ち。


「八〇〇ガネーだよ」


「ん」


「はい、ちょうどね。じゃ、じゃあアンちゃん、頑張りなー。うまくいくといいな」


「あ、はい。ご馳走様でした、マスター」


 マスターの、ティドさんの優しさに涙が溢れそうになったが我慢我慢、と念じて酒場の外にでていく黒さんのあとを追う。彼女は酒場の外で村人をひとり捕まえて事情を話しており、歳老いた女に話を通してくれたのか早速彼女の先導で畑の方へ向かう運びに。


 なるほど。農作業からだな。よぉし、やったるぞ。駄犬なんてぜってーお断りだ!


「どんなお仕事があるんですか?」


「なんだ、気持ち悪いくらいやる気だな」


「気持ちわ……、あの、それで?」


 信じよう。悪意はないのだと。面と向かってやる気満々になっているひとに気持ち悪いって普通言う? 彼女に当然が通じないのか、それともここで生活するうちに当たり前が通じなくてそこに順応したのか。真相はさだかではないものの、悪気や悪意はない。


 これでものすっごい悪意があったらそっちの方が恐ろしいぞ。一見そう見えないように見せかけて実は……だなんて。でも、彼女のこの感じからしてマジ無情な天然ボケ。


「まず最初のをこなしてみてからにしろ。どちらにせよ力仕事が主になってくるが」


「へえ?」


「……伐採作業や石切り場での切りだし作業なんかがこの村では主力業務になるか」


「おお。ゲーム世界みたいっ」


「ここは現実だ」


 黒さんの短くも鋭い忠告に自分は思考を改める。そうだった。ここは自分にとってももう現実なんだ。目を背けちゃいけない。……そして、就労体験開始後、四時間ばかりで現実の厳しさのなんたるかをいやになるくらい思い知ることになった自分でしたよ。


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