0013 お着替え、なんだけどなぜに?


 なかなか周囲も言いにくいだろうな。ま、助けてもらった自分が言うことでもないんだけど。ってゆうか、飯食いにいくのに自分は体がまだ万全になるわけな、あるぇー?


 え、え、ナニコレこれなに? なんか、無駄に元気なんですけど……。これこそ、病は気から、というやつなのか? それともあの回復薬はマジものだったんですかっ!?


 腕を曲げ伸ばししてみたり、首を左右に倒してみたりしていると黒さんがどこに持っていたのか、服を一式と簡単な革の靴を置いてくれた。なんか、すごく辺境の村人って感じの地味服だが礼儀正しい自分は文句なんか言わない。ご厚意で貸してくれるのにね?


 受け取ったと同時、腹の蟲がぐうぅう、と盛大に鳴いた。ぐ。恥ずかしい……っ。


 美味いもの食えると知って喜ぶ腹の蟲共の大合唱を聞いていた黒さんは踵を返し、部屋をでていってくれた。着替えの為に気遣ってくれたんだろうが、なぜなんでしょう?


「……」


「……ぐるぅ」


 どぉーしてこいつを、フロウを置いていったんだ、黒さんんんんっ! ヤバい。大怪我再びの危機が一〇〇発くらいごろごろ転がっているとしか思えないんですけどぉお!


 どう考えても仲最悪、相性も最悪であろうフロウと密室に取り残されている。しかもフロウなんかなんとなく不機嫌そうに自分をちらちら見てくる。これはいかん。とっとと着替えねばなにされるかわかったもんじゃない! というわけでちと四苦八苦したが。


 汗で張りついていた簡単なシャツを脱いで黒さんが用意してくれた上を着て、軽い羽織りを引っかけて下を穿き替えた。あとは靴下を穿いて、靴を履き、紐を縛って完成。


「おお、いい感じじゃね?」


「……」


「? なんだ、フロウ。お前も服が欲しいのか? 最近は犬服も需要がある筈だが」


「ぺっ」


「おい、なにしやが」


「ぺっぺっぺっ!」


 こ、この野郎……っ! 自分が冗句で言ったことに対するフロウお返事は唾ぺっぺでしたってどういうこっちゃねん!? 黒さんが見繕ってくれた村人風の靴に着地したフロウ唾に文句しかかったら、今度は三連射してきた。そのうちの一滴が顔に飛んできた。


 こんのクソ犬が! 今に見ていろ! そのうち記憶ととんでも無双なスキルを見つけててめえなんかけちょんけちょんにしてやるんだからな!! やるったらやったるぞ!


 ――コンコン。カチャ。


 自分がフロウへ対する抱負を決めていると扉が開いて黒さんが顔を見せてくれた。


「どうだ、終わったか?」


「フロウいつかけちょんけちょんにしたる! って誓い立てるのも終わりました!」


「……そいつは、果てしなく遠い目標を立ててみたもんだな。まあ、お義理で応援の真似事くらいはしてやるからいくぞ。夜ほどではないが昼間もそれなりに客入りがある」


 お義理なのか!? もっとおおっぴらに応援してよっなにも手伝ってなんて言わないよそんな贅沢なこと一言もぼやきませんとも。てーか、果てしなく遠い目標、なのね?


 黒さん、どんだけ自分が弱い、フロウよりも下だと思っておいでなんだろうかね。


 訊いてみたいような怖いような。……よし、ここはひとつ気づかなかったフリで。


 腹の蟲がいよいようるさいし、歩きはじめ少しふらついたけど難なく歩けるので黒さんが待つ廊下の方へ急ぐ。が、突然膝が折れる。なんか、後ろからなんかぶつかった。


 いや、なんかとか言って伏せなくてもおおよそわかるけど。フロウのバカが強烈不意打ち膝かっくんしてきやがったんだ、と。その証拠に黒さん苦笑しているし、フロウが先に廊下へとでていった。あの畜生は……クソっそのうち行いに伴った天誅くだるぞ!!


「仲良しだな」


「どこが!?」


 く、黒さん? ギャグか? どこをどう見てどう解釈すればこれが仲良しになる?


 ありっこねえ。こんなコミュニケーション手段しか持たないクソ意地悪犬と仲良しだなんて高札置かれてもゴメンこうむるっつーの。んで、それはフロウも同意見っぽい。


 地獄の底から響くような唸り声で自分に、なぜか知らんが自分の方に殺気ガンガンに飛ばしまくっている不思議。なんでだよ。言ったの黒さんじゃん。なぜ自分が悪いと?


 自分が意味不明さとフロウの暴挙的膝かっくんのせいでよろけた姿勢から立ちあがって廊下に抜けると黒さんが扉を閉めてついてこい、と手を一振りする。かっけー……。


 ひょんなことで男よりも男らしくねえか、このひと? 男前すぎるだろ、今のも。


 ただ、自分とフロウが仲良し説を放置しているっぽいのはどうしましょうかねー?


 いや、すぐすぐ実害があるとかじゃない。ないが、勘違いが原因で刺されたり噛まれたりがあってもらっては困るだけだ。黒さんの斜め後ろをてこてこと歩いているフロウだが時折自分に殺意こもった視線を送ってくるのを忘れないので、苛ついているご様子。


 自分だって、自分だって心は同じかお前以上にいやじゃ、ボケ! この性悪魔犬!


 とかなんとかあったが廊下を進んでいくと階段に差しかかり、自分は一応の用心で手すりに掴まりつつゆっくり降りていく。で、最後の段を降り切った。黒さんはそのまま受付っぽい場所を素通りして出入口の扉を開け、さっさとでていってしまったので追う。


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