0012 初クエストのその後


「あの時、はじめて村の連中に認められたのとなにより自分が役に立てたことが喜ばしかったものだ。だが、村への脅威が去ったわけではなかった。グロングル森が近いというのもあり、魔物の生息域が近かった。被害もその事故での死傷者も数え切れなかった」


「え。でも、今はじゃあ、どう」


「なので、大きな町にいってみた。他の町がどうしているかを知る為と、村でできる対策を探しにな。で、東洋の神秘に結界という呪術――広く魔法があると知ったんだよ」


 それってつまりそういうことか? 黒さんが見つけた解決策は村に結界を施すと?


 自分の理解に黒さんは静かに肯定の頷きを返してきた。結界術だとか、もう、黒さんなんでもありだな。このひと、スキルの得手探しがかすんじゃうくらい基礎構成が高いひとだったんじゃないの? でないととてもじゃないが、その多彩な才に説明がつかん。


 天才肌でありながら努力家。努力型の秀才とも違う。努めていることを努めとも思わず自己研磨する。そして、天才的着想で問題を解決していくんだとしたら、すごいな。


「村に結界を施してからは魔物による被害は激減したので俺はこの異界を旅してみることにした。より有益な技術や得手を求めて各地を転々としたよ。いく先々でいろんなクエスト、役場発注の依頼か? こいつをこなしていくうちに名が売れていった感じだな」


「うおー、英雄譚」


「そんなご大層なもんじゃない。ただの積み重ねが正当評価されたってだけだぞ?」


 それをひけらかさないさっぱりした性格も幸いしてひとの信頼に値する働きと共に評価されたんだろうな。多分、黒さんは自覚ないんだろうが。そこが絶妙な抜け感、か。


 人間臭い、というかアイシア談では世界でも有数の勇者だと言われている彼女が親しまれるのは、こんなふうフレンドリーに頼られるのはそういうところに要因があるね。


 これだけだとなんの苦労もなさそうだが。


「一番面倒臭かったのは対人関係だ」


「は?」


「こちらの世界での成人、前から鬱陶しく言い寄ってくるのがあとを絶たなくてな」


「そらあなた、当たり前じゃないか」


「? なぜだ。俺なんかのなにがいい?」


「いや、あのそれ、世間の女性たちの前では言わない方がいいですよ、黒さん? でないと夜道と背後に気をつけないとならない事態になるといいますか……睨まれるよ?」


 自分の真顔な忠告にしかし黒さんは意味がわからない、わかっていない顔でいる。


 うわぁ。こ、これ、マジなやつだ。だが、そうか。黒さんがなぜこんなお堅い、一見して男にしか見えない格好をしているのかなんとなーくわかったような気がするっす。


 言い寄られ頻度を少なくしようとしてごつい格好に落ち着いたんだな。だよ、ね?


「あの、女性の勇者って多いんですか?」


「いいや。現在は俺くらいなもんだ。ま、だからこそ安く買い叩こうとするクズがいるわけでそれの対処も面倒臭かったが。俺の提示金に満足できないのなら無理に雇おうとしてくれなくてご結構だって言えるくらいにはその頃、もうすでに名が売れていたしな」


「でも、ひとりで仕事って不安じ」


「がぅあっ!」


「いぎぃっ! っに、し腐る、フロウ?」


「だからこそのフロウだ、ということさ」


 はい? どういうことのフロウなの? さっぱり意味がわからんし、フロウがまたも角でぶっ刺してきたのも意味わかんない。なんなの、ホント、こいつの凶暴のほどは? 常識的に考えて、怪我人を噛む、刺す、刺す、足蹴、噛む、刺す、っておかしくない?


 なんだ、フロウが相棒だとでも言うの? だがだけどならばやっぱりもうちょっと他人様にご迷惑かけない、礼儀を通す程度には躾くらいしてくれたっていいんじゃない?


 いかに気位の高い魔犬だと言おうが、お供だと自負するなら最低限の躾くらい受けやがれ、という自分の意見はまっとうだと思う。なのに、どうしてこうなっているんだ?


「この世界の亜人すべてが、とは言わないが下衆も相応にいるんでな。だから魔獣を躾けて相棒に据えることにしたというわけさ。フロウは今一番の相棒で百戦錬磨だぞ?」


「うぉんっ」


 なんとなくフロウが黒さんの紹介で自分に対して胸を張り、踏ん反り返った気がするのは気のせい、か? 百戦錬磨で勇者の相棒、か……。すごいんだろうが、賞讃する気は起きんな。だって、さっきから無駄に意味不明に暴挙にでてばかりいやがるんだもの。


 そして、そもそもがどうして犬に対して下手したてにでらねばならんのじゃっつーんで。


 ただ、黒さんはフロウの様子に微笑ましそうにからりと笑って魔犬の頭を撫でる。


「三年と半年がすぎた辺りからだったか、女と甘く見られなくなったのも、安直ながら鎧の色で「黒鉄の勇者」だなどと呼ばれるようになったのも。……ま、この世界の亜人たちにとっては人間すべて異界人であり、すべてが勇者なのでやっと区分けされた、だ」


「あれ、それってもしかして自分も?」


「本来ならな。だが、記憶なしに求めるべきではない。とりあえず、肩のこる話は以上にして飯でも食いにいかないか? この村の酒場が美味い飯をだしてくれる。それにその店の店主も貴様をグロングル森から連れ帰る時、手を貸したひとりだ。挨拶しておけ」


 ぐぬ。そんなふうに言われたらそうしないの極悪みたいじゃんか。黒さん、実は腹が黒いのか? それとも天然でしているんだろうか? 素でやっているとしたらなぁー。


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