0011 黒さんの初クエストは


「この世界は強くなければ生き残れない。端っから他力本願な根性では苦難と苦労、果ては野垂れ死にの道しかないと知れ。……と、いうのは一般論で正確には困惑中だな」


「はい?」


「召喚術の失敗実例を見るのも、記憶喪失者というのも俺のまあまあ豊富な経験談でもないことだからな。どうしてやるのが正解かわかりかねている。拾った手前放りだしたりはしないのでそこは安心するといい。なにより、フロウのじゃれに対応できないのは」


「のは?」


「ぶっちゃけ危なっかしく不安しかない」


 ぶ、ぶっちゃけられちゃった。でも、包んで言うといいますか? なんだ、へたに濁してその場凌ぎだけのひとよりよほどいい。と、なればわからないところを質問して、地道に帰る術を探すという方向で進めていいのか、な? ――ん? 待てよ、待て待て。


「あの、この世界から元の世界に帰ることができたひとっているものなんですか?」


「ふん。帰りたい、と喚くのが大半だが契約期間中は帰還選択肢はないと知り、絶望していやがる覚悟の足りない、甘ったれ野郎ばかりだ。過酷さに負け、くたばっていく」


「う、う、おお」


「期間をなんとかかんとか満了した者で帰った者もいたとは聞くが、俺は敢えて残留している。あのひとは一年でいい、と言ってはくれたが残ってもいい、と知ってからは」


「え。それってなんで、って訊いても? だって危険な世界なんですよね、ここは」


 自分の素朴な疑問に黒さんはお喋りがすぎた、なる表情でいるが、別段怒っているわけでも気分を損ねたでもない。ただじっと、射るような目で自分をまっすぐ見つめる。


 なので、射竦められた自分は発言を撤回しようと思ったのだが、それより先に黒さんが息を吸ったので話してくれるつもりらしい。そして、語られたのは優しい話だった。


「俺を喚んだのは病床のじいさんだ。この村の長だったひとで村が上中級魔の人狼にたびたび襲撃を受け、人的被害の多さを嘆いて決死の覚悟で少ない魔力を消費してなんとか声をかけられたのが俺というわけだ。そして、それが故にスキルもめぼしくなかった」


「長、だった?」


 はて、妙な言いまわしだが今は村長が違うという話でいいのか? ……いや、病床にあって無茶をして、無事でいられるわけがないな。ならば決死とはまさに文字のまま。


「じいさんは俺を喚びだし、未来を託して逝った。俺は構わなかった。元より俺にできることはなんでもしたいと思っていたしな。村人たちは最初こそ白い目で見てきたが」


 ? ああ、そうか。村長が命懸けで喚びだしたのがちっこい小娘だったから喚んだ村長と応えた黒さんの双方に「どうして」と言いたくて言えなくて、だったってことか。


 それでも、白い目で見られても黒さんは卑屈になることもなく、それこそ命懸けで喚びだした村長に報いるのに命を張ったんだ、と少し淋しそうに陰りを帯びて微笑んだ。


「村を定期的に襲う人狼への対処。これが俺にとって初の緊急重責クエストだった」


「えっと、でも、それって魔物の強さ的にはどうなんですか? 十二歳の女の子がどうにかできる印象がないんですけど。それに、緊急な上、重責クエスト、って大事おおごとじゃ」


「何度も止められたよ。「お嬢ちゃんじゃどうにもならん。いっそ逃げれば?」と言われたこともあった。仕方のないことだ。嘲りと憐れみ、失望と絶望に支配されていた」


 そりゃ、そうかもしれないが。たしかに村を襲うそのなんだ、上中級魔という位にいる魔物は手強い、が可愛いくらいなんだろうが。そんでも決意を以て来てくれた黒さんを初っ端から侮って気遣うフリして貶すなんてちょっと露骨で惨いんじゃないだろうか?


 昔話を語る黒さんはだが穏やかな表情。


 なんだ、今じゃいい思い出ということか?


「まず、なにを措いても武器の扱いができねば意味がなかった。村に一振りだけあった短剣を借りてひたすら手に馴染ませ、体を鍛えて、がむしゃらに力をつけた。その時に発見できた俺の得手のひとつが武器整備及び扱いの技術だ。準備を十全に整えておこなった」


 なにを? だなんて訊くまでもない。黒さんは村長さんが遺していった願いを叶えるのに有言実行を起こしたのだ。人狼への対処をした。具体的にはなにをしたんだろう?


 んで、やはり自分の顔面は相当素直らしく黒さんはふふりと笑って過去を語った。


「早朝、人狼共が就寝しだす刻限。朝霧に紛れて巣穴に単身特攻を仕掛けた。あの時の人狼共の間抜けた、驚きの面は忘れられん。眠気の飛んだ連中は混乱したがなにより驚愕していたように思う。ま、小娘が寝込みかけを襲撃に来たんだ。ある程度当たり前だ」


「どういう度胸ですか、黒さん?」


「さてな? 俺はとある野郎と激闘してなんとか降伏させたが、その時、人狼たちを率いていた大老、と呼ばれる人狼の、まあ長になるか? こいつを討ってしるしを頂戴した」


「たいろう、はいいとして、しるしって?」


「璽、というのは首のことだ」


 うわ。聞いて損した。怖っ。黒さん怖っ! なにさらっと首をいただいたなんて言っているんですか? てか、それって村のひとへの安全宣言の証拠品ってことなのかな?


「村の連中のアホ面も忘れられん。どいつもこいつも呆けた表情で口あんぐりとな」


 ……。あの、ごめんなさい。すみませんが、自分は村の人々に同意だぞ、黒さん?


 なんだそのとんでもぶりは。自分、びっくりだ。目が真ん丸になるのが鏡なくてもわかるっての。武器に触れたこと自体はじめてに等しかったのにそいつで単身多勢に無勢もいいところな巣穴に特攻をかけた、て。なにそれ、人狼よりあなたの方が怖いっての。


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