0010 黒さんの実例


「ん。ならば、やはり誰かが召喚術をしくじった可能性が高いか。その時の、界渡りの負荷が脳に影響を及ぼし、記憶をごっそり喰ったかで吹っ飛んだんだろ。たいがいの喚ばれ者は異界渡りに同意し、特殊能力や身体能力向上をもらってからやってくるからな」


「じゃ、あなたも?」


「……。まあ、そうなるな」


「? えっと、どういう経緯で、か訊いてみてもいいですか? だってそんな異界渡りってことはここはあなたや自分にとっては異世界ってことなんでしょうし。どうして」


 なにやら挟まれた妙な沈黙が気になるが、つつかないようにしよう。気にして、気にかけられたくなさそうだったしな。相当込み入った事情かなにかあるんだろう。うん。


 黒さんは自分の質問にすぐ答えなかった。躊躇と迷いと過去の懊悩が滲み見える。


 だけど、意をけっして、投げやり感があるも自身の事例というのを教えてくれた。


「俺が来たのは六年前。当時、この異なる世界は危機に瀕していた。魔物が跋扈して人々を襲い、生活が覚束ない。そんな暗黒の時代が、な。状況に追い詰められた現地人、この世界の住人が一縷の望みを託して異界の人間に頼らざるをえんのは当然の措置だな」


 なんだ、なんかすげえ過激だ。でも、そうするとそんな切迫した状況で彼女に、黒さんに与えられたスキルってのはなに? なんかアイシアが特別なものじゃないっぽいとか零していたような気がするんだけど。いったいその苛烈状況を切り抜けるのって……。


「俺も当時、界渡りに際してスキルをもらったが、スキル、だなどとご大層に呼べるような代物じゃなかった。言うなれば得手探しの術だったからな。特技の発掘、かな?」


「それって好きなの選べるんですか?」


「まあ、な。俺は気に入っている。世間一般には派手さで劣るが実用的な能力だよ」


 ふへー。そーなんだー。生憎、特技なんて覚えていないし、ありそうにない自分なら別の選択肢を取ったと思うんだが。しっかし、六年前にって、黒さんいくつなんだよ?


 と、思ったことが顔面に素直にでていたらしく黒さんは厭う素振りも見せず回答。


「当時はガキだったぞ。十二だからな」


「十二!?」


 十二って小六じゃん。こどもじゃんマジで! ええっとなにそんなヤバかったの、この世界ってのは。だってこどもにそんな得意なもん自力で探せ、なちと放任っぽいスキルだけ与えて助けてくれって。ご都合がすぎない? 同意しちゃう黒さんもアレだけど。


 あ、でも。もしかして前の世界でなにかあったとかかな? 思春期真っ只中だし。


 ……ん? 待てよ。自分はではどうなる? だって自分そのそういう特殊なスキルもないつかもらった覚えがないもんだからして。どうすればいいと言わされるんですか?


 そうだ、今後のことを訊こう。だってそうじゃなきゃ宙ぶらりん状態すぎるしな。


「あの、自分はこれからどうすれば?」


「手前で考えろ」


 はい。ですよね。あなたがそんな優しいことしてくれるわけないからな。今後の自分の身の振り方なんて答えて教えてくれるわけねえって、まして手伝ってくれるなんて。


 甘かった。甘っちょろかったな、自分。でもでもでもそうするとたちまち困るぞ?


 だってなにしたらいいのかよぉわからんままなにかしようとしても、なにか重大事件的事故を引き起こしそうな負の予感がする。えーっと、いっそこれが自分主人公のRPGゲームだとしたらまずは資金調達か? 金がないと飯も食えないし野垂れ死にするよ?


 とりま、黒さんが一切手伝って、補助の真似もしてくれないのは知れた。ケーチ。


「……。俺は助けないとは言っていない」


「うぇいっ!? テレパシー!?」


「貴様と俺にそんな繫がりはない。顔に俺への悪態が書いてあった。ただそれだけ」


 顔色を窺う、とは言うがそれでひとの内心を正確に把握できるってお、おお、恐ろしやーっ。ちょ、滅多なこと考えらんねえじゃん! それってもろバレってことだから!


 だけど、え? 聞き間違えじゃなければ、黒さん、手伝ってくれるのか? マジ?


 でも、さっき手前で考えろ。そう言って突き放したじゃないのさ。……心変わり?


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