0009 美女と凶暴犬


「フロウ、俺の言うことが聞けないか」


「ふひゅーん。あうあう」


「……わかればいい」


 なぜ犬と意思疎通ができるんだ? ってのは訊いてもいいのかな。それともあのごつい兜の下があなたのような美女だなんて誰が想像できただろう。というのを伝えるか?


 はあ、本当に別嬪さんだ、このひと。一人称の男前さがとってももったいないぞ。


 フロウに齧られまくっていた腕をさすり、黒さんを再度注視してしまう。あまりの美貌、見たこともない美しさに放心気味の自分だがふとチリリ、と肌刺す殺気に気づく。


 下の方からだ。ちら。フロウが自分をじっとー、と睨みつけていただけでなく、自分を見て黒さんを見てまた自分を見てから頭をふりふりした。そりゃアレか、フロウよ。


 もしも黒さんに不埒な妄想欠片でもしようもんなら俺様の角で天誅くだしてやるぞゴラァ!? ってのが言いたいのかな? ん。とりあえずその殺気をしまっておこうか?


 じゃないと自分、漏らす。……この犬、怖ぇえ。やっぱりめっちゃ怖ぇえってば。


 だが、フロウのやつは自分が黒さんに不届きな思考なっしんぐ察するとふいっとそっぽ向いて黒さんに甘えんぼしにいきおった。あのヤクザな恫喝態度はどこ出張したよ?


 この犬、変わり身も早い上に態度が違いすぎて超怖ぇえ。なんか無駄に心拍数が跳ねあがっていくよ。吊り橋効果とか言うが、フロウ効果というのも学会発表してよくね?


「アイシア、あとは任せろ。それとティドから伝言でそろそろ手伝いにでてほしい」


「あ、えっと、でも」


「いけ。こっちには俺の方で説明やらなんやらしておこう。どうせ手に余るだろ?」


「わかりました。お願いします、黒さん」


 自分がフロウに改めてびびりまくっている間に女性ふたりはなにやらお仕事の話をしている。ちょろっと聞こえた内容的にアイシアはアルバイトかなにかあるよう。って、えぇアイシアいっちゃうのぉ? 貴重な正当突っ込み要員なのに。主にフロウへ対する。


 ……ああ、まあいっか。どちらにしても突っ込めても止められないんだし。お手伝いあるならそっちいってもらって黒さんから話を聞かせてもらえれば。って納得している間にアイシアは自分にぺこ、とお辞儀して部屋をでていった。黒さんは微妙な顔だ。ん?


 なんだ。なにかあったっけ? わからんが複雑そうな顔をしてでていくアイシアを見送り、椅子を引っ張ってきて外套をバサッと外し、木製椅子の背もたれに引っかけた。


 外套の下にあったのは結構予想外になまめかしい曲線が綺麗で蠱惑的な体だった。


 白いシャツに黒いパンツをあわせてその上に本格的な鋼鉄鎧を着用している。胸と胴が一体化した鎧を身に着け、肘と手の甲にもサポーター。足下も黒い靴の上、脛の辺りと太ももを守る鎧を着けている。ある程度攻撃を喰らっても機動力を落とさせない為か?


 しかし、自分だったらこれだけ重そうな鎧だけでも機動力がた落ちすると思うぞ。


 ああ、それとも比べるべからずですか? ……そういうことじゃないかね、この唸り声の理由は。フ、フフフフロウっ! なんでそんなおっかない顔して自分を睨むの!?


 意味わからん。……。ああ、それともアレか。「お前みたいな凡愚以下がご主人様に見惚れてんじゃねえよ、身のほど知らずが!」ってこと? ちょ、おま、ホント怖い。


 本気と書いてマジと読むくらい怖い。って、よくわからんな自分で例えておいて。


 てかさ、う、うう唸り声が地鳴りみたいな犬って存在していいのか!? 闘犬でも無理だってこの低さはありっこねえぇえええ! ヤ、ヤバい。本当に漏らすかもしれん。


「いい、フロウ。どうせ見たまんまひょろいただの人間だ。亜人でも魔族でもない」


 フロウに警戒不要、を言いつけた黒さんが椅子に腰かけて自分に視線をあわせる。


 若干前傾姿勢になったことでちょろっと見えたが、胸鎧が結構張りだしていてこのひとがアイシアよりも巨乳だとわかった。ふわっふわのおっぱいとごつ鎧……萌え、か?


 ……あの、冗談で冗句です。ギャグなのでどうか、地獄の唸り声やめれ、フロウ。


「さて、アイシアが記憶喪失らしきことを言っていたがなにも思いだせないのか?」


「あ、ああ。名前もそうだけどなんであんなところにいたか、どうして怪我なんてしていたのか、ついでに言うと状況も事情もなにひとつわかんないんで困っている、です」


 うはぁ、危ねえ。一瞬、タメ口になりかかったけど鋭く素早い殺気を感じて瞬時に修正してきちんと敬語になるよう「です」を取りつけたんだからこれでおぅけー、だろ?


 だから、フロウ。睨むな。唸るな。地味に無駄に無意味に寿命が縮んでいくから!


 が、黒さんはそんな自分とフロウを放置して考え込んでいるように見える。顎に指を当てている。黒さんはフロウ脅迫にびびりまっくすな自分に存外丁寧に教えてくれた。


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