0008 黒さんの中身
「この辺で人間さんなんて黒さん以来」
「ん?」
「黒さんは喚ばれてこの世界に来たんです」
あれ、え? そうなの、か? てっきり自分、彼はこの村の腕自慢さんだ、と思ったんだが、でもそうか。上等な旅行用の外套といいどことなく垢抜けている気もするな。
てか、さっきから喚ばれた、喚ばれたって連呼しているけどなにか? そんなお手軽に「召喚!」とか、されても困ると思うんだが、自分。……もしかして、まさかだが。
自分の召喚に関してなにか異変が起こったということでそれを調べにいってくれたんだろうか? でも、仮でもなんでもないが、黒さんが喚ばれて来たひとならその彼が言っていたスキルというのを彼は持っているんだろうか? あとは身体能力増強、とかを。
自分は生憎となにも覚えていないんですっかりぽんでわけわかんないんだけどね?
「あの、アイシア。じゃ、黒さんはなにかスキルとかそういうのを持っているの?」
「え、あ、もちろんです。あのひとは世界的にも知らないひとの方が少ないというくらい有名な勇者さんなんですよ。スキルについては突出したものではないらしいですが」
ほお? じゃあ、かなり有名なひとなんだな。そうですかー。って、待てぇいっ!
「勇者!?」
「え、は、はい?」
「いや、可愛いけど小首傾げないで! ここは流せないでしょ!? じゃ、なにあのひとはこう、アレ、そう「オレ、TSUEEEE!」ってな感じのひとだってこと!?」
「あ、はい? おれ、つれぇえええ? ……お辛いんですか。薬の効果はそろそろ」
そろそろなんなのか、アイシアが言い終わる前に自分は彼女の両肩を掴んでゆっさゆさと揺さぶった。体の端々がまだ痛いが、なんかえらいことになっているようなので無視してアイシアをゆさゆさする。していく。どういうことだ? 自分になにが起こった?
ここに頼みの綱な黒さんがいないんだったらアイシアしか自分疑問に答えられそうなひといない。だから、アイシアの困惑と狼狽を見ようとも必死で訴えを続ける自分だ。
「えわっ、わわわ?」
「ごめんっでもなにがどうしてなにが――」
「うがっふ!」
――がぶっ!!
急に。突然の出来事でございました。非常に痛快な音がしました。んで、自分の左腕に鈍いクセじーんわじわとクる痛みが電気信号として脳に「超痛い」と届けられたヨ?
自分の顔から冷や汗が噴きだすのが、浮かんでは流れていくのがわかるわかった。
そろ~っとそちらを、痛みの発生地点をちらり、してみるといつの間にお戻り遊ばせたのかフロウさんがいた。んで、しっかりがっつり皮膚を破らない程度に牙が喰い込んでいたもとい、これでもか、この野郎! みたくおもっくそ噛みついていらっしゃった。
――淑女になにしてんだ、てめえ!
フロウの言いたいことが目にありありと浮かんでいるのが感じ取れた。や、それはどうでもいいんです。とりあえず痛いんで放してもらえないだろうか? 謝るからマジ。
「フロウ、ダメよ。放してあげて?」
「ウウウウ、ガルルル……ッ」
「ダメでした」
「アイシア、諦め早くない!?」
「フロウ、やめなさい」
自分とフロウとアイシアとでコントしていると凛々しい、きびきびした声が聞こえてきてフロウにやめなさい、と言ってくれた。この声、黒さんか? 戻ってきてく――。
戻ってきてくれたのか、とか思おうとした自分の思考が急速冷凍され、硬直する。
……あ、れ、あれ、あれ? え? あるぇー? 自分、目がいかれた? だって。
「? なんだ」
「お、お、おお、女……?」
「俺が男に見えるか。その不機能目ん玉に指突っ込んでぐりりと治してやろうか?」
……。えーっと。いろいろ聞こえちゃいけない恐ろしい発言が聞こえた気がする。
てか、ちょ待ってマジで? え、女のひと!? 声は黒さんのもので間違いないがでもしかし、例のフルフェイス兜脱ぎ去って部屋に入ってきたそのひとは凛々しくも美しい容貌をしていた。自分は、てっきりそのごつ鎧兜から筋骨隆々マッチョマンだと……。
でも、実際は歳若い女性だった。長い銀の髪を無造作に結いあげ、馬の尻尾のように縛って背に垂らしている。そして、紅い、瞳。意志の強い、紅蓮の炎のようで真っ赤な
ご自分のこと「俺」とか言っているけどこのひとってば絶世の美女だ。滅多お目にかかれない美貌だってマジで。切れ長な瞳に流している前髪が少しかかっていてキリっとした雰囲気をつくっている。綺麗な美姫の唇に遠山の眉。大理石の肌はきめ細かくって。
フロウのがぶがぶを忘れ果てちゃうくらいのとんでもない美女が目の前に、いる。
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