0006 黒い、ひと


 ――コンコン、コン、ガチャ。


 自分が自分の不出来脳味噌のほどをうんうん考えながら劇薬をすすって一生懸命飲んでいると突然、部屋の扉がノックされ、こちらの返事を待たずに開けられた。あれれ?


 普通、ノックしたら相手の返事を待ってから開けるのがマナーでは? え、違う?


 自分が自分の中にある常識のなんたるかを結構マジに疑っているとひとが入ってきたので顔をあげる。んで、ついつい呆気に取られて口あんぐりになっちゃったのでした。


 黒い。ちょ、マジ黒い。つか黒しかない。小さな部分鎧から旅行用の外套から靴にいたるまですべて真っ黒黒でこの上さらに顔も真っ黒いフルフェイスの西洋兜って。え?


 どこの不審者ですか? ここまで徹底しているとすっごく怪し……あ、ちょ、待って待って。え、あ。もしかしたり? このひとひょっとしたりする? だってまんまだ。


「黒さん、ちょうどよかった。ついさっき方目を覚まされてお薬渡せたんです。一口目はもう盛大に噴きだしてしまいましたが、今苦戦していても飲んでくださっています」


「……」


 予感的中。このひとが例の黒さんらしい。


 アイシアが黒さん、言うたのもそうだけどフロウが甘えた声で擦り寄っていっているのでまず間違いなくそうなんだろう。と、いうわけでマジでこの男が主人で黒さんか。


 いやいや、しかしなんだ? もう潔く黒いってのはどうなんだ? いいけど。別にいいけどすっげえ怪しい風体だろ? これでよく堂々と振る舞え、やましさがないから?


 にしても。……はー。いい感じに背丈があってごつい鎧や外套との比率も完璧だ。


 身長どれくらいだろう? 一八〇、は切るか。靴の踵を抜いたらば。でも、結構長身の部類にはなる。ここ近年の男性の平均くらい、になるんじゃないか。知らんけどな!


「見張りご苦労、フロウ」


「ぁうおーんぅ」


 うわあ。フロウさん、自分への態度悪さはどこに出張しやがったよ? ってくらいの甘え声なんだけど気のせいですか。ちと態度の落差が激しすぎやしないですか? 自分にはあんな性悪で意地の悪い、意地クソ腐った笑みでにたり、と笑ったクセによぉ……。


 つか、黒さん意外と声高めだな。もっと、こう、野太いの想像していたぞ、自分。


 ことごとく、目覚めてからありとあらゆることで自分想像を斜め上に三回転くらいの事態やことが起こりすぎているよう思う。思ったがひとまずお碗をそばの小机に置く。


 看病してくれて、薬、劇薬風味だけどこんな薬まで調薬してくれたんだ。お礼を。


「あ、あの、いろいろとありが」


「……はあ、とんだゴミを拾ってしまった」


「……」


 どうしてでしょう? 急にお礼の言葉を述べる気がごっそりと削がれたんだけど?


 こ、このひとすごいこと言わなかったかな今、今さっき! 言っちゃいけないことを言ったように思う、感じるのは自分の被害妄想ですか!? 「ゴミ」って聞こえたぞ!


 怒っていいかな? いいよね? これは怒ったって、キレたって許される事案だ。


 せめて「こんなもん拾っちまった」だとかため息だけならまだしも「ゴミ」って。


 自分はキレたって許される筈だ。許されるでしょうよ。じゃなけりゃなんという理不尽の集大成大傑作だこれこの状況は? でも、ここで問題が発生しているので困った。


 なにってフロウがじと目で自分を睨んできているという点だ! もしも黒さんにそうだなぁ、罵倒語でも吐こうものなら余裕で噛んでくるか、刺してくるか。牙か角が襲来すること確約されている。どっちになろうと痛いので勘弁願う。自分に被虐趣味はない。


 とか思っていたらフロウがテテテ、と寄ってきてこのお手を喰らえ、とばかりに自分が寝かされているベッドに前の片足をかけてべしこん! と自分の顔面に行儀の悪いあんよ叩きつけてきた。に、肉球が……っ、なんて平和こいていられたのはほんの一瞬だ。


 絶妙の弾力している肉球だこいつ、思っているとなぜか額にチリリとした痛みが。


 なんだ、と思ったのもそれこそ一瞬だけですぐ理解した。爪。そうだ、こいつも犬なら爪もあるじゃん凶器に! なんて理解したはいいがどうすりゃいいの、これってば?


 第三の攻撃手段である爪が自分の額に浅く刺さっているっぽいと理解したがこれ、へたに動いたらざっくりいくんじゃね? とかなんとか考えてここは動かず騒がずで決着しようと思ったのにこの暴力犬の嗜虐心は自分の想像の斜め上四〇度の辺りである模様。


 迷うことなく次ステップへと、るったら~♪ 拍子を刻みそうなノリであんよ引きおろそうとし、ってちょっと待てぇええええええっ!! 痛い。それは確実に痛いやつ!


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