0005 なんなんだ、この劇薬は


 いやどっちでも一緒だけどさ。どう言い訳しても誰が主人だろうがこのクソ犬が噛んで刺してきたのは間違いないんだから。よし、起きあがれるようになったら猛抗議を。


 そう思って決意を固めているとアイシアがおどおどしながらお碗に磁器の水差しからなにか知れない赤い液体を注いで差しだしてくださった。え、ナニそれ? え、血!?


「な、なななにそれ?」


「はい。黒さんのお手製回復薬です」


「そ、そう。……まさか、飲むの?」


「え? そうですけど……。あ、大丈夫です。これ味は最悪らしいですけどその代わりどんな重傷もすぐよくなるんです。私の父さんもグロングル森で中級魔に襲われた時の怪我、もう死んでもおかしくないって言われたそうですけどこれ飲んだら一晩で回復し」


「逆に怖いけどっ!? てかなにそのちゅうきゅうま、って? まさか魔物かなにかいてそれに階級がついているってこと? 嘘でしょ。そんなもんいないもんね、ね!?」


 アイシアのお話に不穏な単語を見つけて自分必死で発言撤回というか聞き間違いもしくは言い間違いを疑ったけどアイシアはそれこそ意味がわからない、という顔をして。


「あの、あなたが倒れていたのは、そのグロングル森で、冒険者さんがよく対魔物戦闘をより実戦形式に近づけて練習する場所、になるんです。け、ど……? えぇっと?」


 はて、と言ったふう首を傾げられてしまったばかりかトドメとなる言葉を告げてくだされた。自分の淡~くて浅~い期待を粉砕爆砕したその単語の羅列で軽く眩暈がした。


 えぇっと、と言いたいのは自分の方だ、とは思ったが薬とやらを飲むのにアイシアに助けられて起きあがる。いででで……っ。痛ぇな、ちっきしょうぅ。よくフロウとコント、痛コントできたもんだっつーくらい痛すぎる。頭も痛いのは現実拒否症のひとつか?


 ……ええい、ままよ! なんて、お決まりの文句を先に呑み込んでおいて薬を慎重に一口すする。で、ぶふーっ! と噴きだしてしまった。アイシアの悲鳴。フロウの短い吠えからするに「汚ぇ!」と言いたいのか? し、しし仕方ないだろうがおま、これ毒?


 あ、味最悪って最悪にも程度があるだろ。ぐぎぎぎぎぃ、なにこの苦くて超酸っぱくて痛辛いのぉおおっ!? 良薬は口に苦し、とは言うが、この超薬は噴きだし、だな。


「グルルルル……っ」


「て、てめえが飲んでみろや!」


「がぅがっ」


「ああ、えと、これってば人間や亜人用で魔犬のフロウは飲むと中毒になるんです」


「じゃあ、ちょうどいい。ご主人様だと思って飲み干してくたばれこの意地悪犬!」


「……。ぐがぁ!」


「おぎょほべーっ!?」


 悪態くらいついたっていいじゃない? なんで角でグサッとされないかんのじゃ?


 おかしいですよ。いや、だがそれにしたってこれマジで薬じゃなくて毒だろうよ?


 こ、ここは一気飲み作戦の出番か!? いや、待てそれは最終手段だ、自分んん!


 だってほら、あの水差しいっぱいにちゃぷちゃぷいってんじゃん? 最後の一口というか一杯になってからにしないと後悔……いや、どちらにしてもひどい味変わらんぞ。


 自分が薬のあまりの味にむぅ、としているとアイシアが困った顔でお碗に薬追加。


 うげげげ、せっかく(噴いた分だけ)減っていたのになんてことしてくれるんだ。


 そうは思ったがこの重傷らしい怪我を癒やす為だと言われれば文句なんてできん。


「あの、ちなみにここは?」


「?」


「いや、あの日本じゃ、ないよね?」


「ニホン?」


 薬獄門から逃避すんのにそんな話を振った自分だがアイシアの反応は予想通り芳しくないというか鈍いというか。これだけで察せる。日本とかーなーりー遠すぎる国だと。


 もしくは、考えまい、よそう、としていたことだがひょんなことでここってなにかアレじゃね? ほら、ファンタジー世界と申しましょうか。こう、自分の知らない世界?


 ……ってないない。そんなまさかだ。どういう日頃の行い云々のせいでそうなる?


 罰もすぎるだろうが? いきなりそんな。目が覚めた。全身痛い。猛獣に襲われかけて気絶。気絶から覚めたら覚めたで鬼のようなお薬による拷問仕掛けられてこの上に。


「ここは、ローシエンション公国の隅っこの端にある辺境の村、になりますが……」


「うん」


「はい」


「……。あれ、村には名前ないの?」


「え? ないですよ。辺境の村で通じます」


 はあぁ。そうですかー。森に立派げな名前があるみたいだったからてっきり村にもなにか固有名詞があるのか、と思ったけどそういうのないのか。そうなのか。不思議だ。


 いや、自分こそ名無しですが。


 ……。さて、そろそろ現実でやるべきに戻ってやらねば、フロウがまたがぶりとかぶすりとかしてくるかもしれん。薬飲んでもやってきそうなのはもう、無視するけどさ。


 自分は自分の手元に視線を落とす。赤い、透明感のある液体がお碗にちゃぷちゃぽと満ちている。覚悟してぐ、と一口。……。やはりすごい味だ。毒以上に毒かもしれん。


 それでも少しずつ、拷問の長続き。長期化だとわかっていてもなかなかどうして。


 躊躇してしまうじゃないのさ。って、誰に言ってんだ、自分? 頭おかしくなったのかそれとも元からなのかどっちだ。どっちもいやだけどできれば前者希望するぞ自分。


 激痛と重傷余って頭おかしい方がまし。


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