0003 目覚めたそこはふぁんたじー


「……ぅ」


 暖かい。気持ちいい。なんだこの極楽天国は? この、ふかふかした心地いい重さは布団、か? でもアレだ。こう、言っちゃ悪いがそこまで上等ではないお布団様ですね。


 ……。……ん? 待て、布団がどうのこうのはいい。どうでもいい。よすぎるぞ。


 たしか自分、こんな天国とはまったく無縁の状況に陥っていたんじゃなかったか?


 そんな記憶があるような、ないような。……あ。そうだ、そういや記憶、で思いだしたことがあるぞ、自分。自分、なにやら寸前までなにしていたかの記憶がない、って。


 ――ダメじゃん。なにひとつ解決しないどころか厄介ネタが増えた気がしますよ?


 ふと気づけば見知らぬ暗がりというか自然の腹に呑まれていて、狼っぽいものに襲われかけたのを間一髪助けてもらった、んだったか? んで、それから、その前は……。


 ダメだ。思いだせない。頭に霧がかかったように、穴が開いたように、黒いシミが広がっていて記憶という景色を塗り潰しているかのように。ただ、体が痛くて泣きそうなので生きている、というのだけは確実だ。自分、幽霊じゃないよな? 大丈夫、だよね?


 ……てゆうか問題の着眼点そこじゃない、と自分で自分に突っ込みを入れてみる。


 なにはともあれ、森(?)でいき倒れていたというのがまずおかしいで賞の大賞に違いない。設定がおかしい。世界観もおかし、世界、観……あは、ははは、あはははっ。


 ……あれれあるぇー? そういえば自分を助けてくれた誰かはとぉってもファンタジーな単語を口にしていなかったっけ? なんかアレ、ファイアーボールとか聞こえた。


「……」


 なるほど。これはアレだ。夢だな、夢。うんうん、そうに違いない。だってあきらかにおかしいっつーかおかしいことしかない。珍妙おんりー、とかどういうことですか。


 ……。……いえ、待ってくださいな? それにしては一回気絶した筈だぞ自分は。


 なのに、それがどうして安宿、ではないかもしれんが質素な布団に寝かされているというのだ? なにか。夢の続きは悪夢でしたとかそういういろんな意味でヤなオチが。


「わんっ!」


「うぉいさっ!?」


 突然急に。耳元で太い声が吠えた。なんかまるで叱責の色が含まれていたような。なんと言いましょうかこう「コラ! 現実見やがれ!」と言っているような、気がする。


 犬の鳴き声。と理解するより早く自分びっくり余って飛び起きようとしたが崩壊しそうな体の激痛が為に一回だけびっくーんとして終わり、ご褒美に悶絶するほどの痛みに襲われました。って、なにが、どこが、これのなにをどう見てご褒美だ、自分のボケっ!


 超絶、天外的、というのか天の彼方にまで意識が吹っ飛びそうなほどに痛すぎる。


 布団の中で微動しただけの自分は痛みで本当に涙目になりつつ世の中の不条理と犬を呪っておく。……犬? 犬がいるということはここはリアルの世界で夢じゃないのか?


 いや、でもリアルにこんな痛いとか入院レベルだと思うんですが!? 自分が自分で自分の意味不明に突っ込んでいると自分の涙でかすんでいる景色になにかがぬっ、と。


「……」


 それはそう広い分野では、犬。犬なんだろうが普通の犬にはないものがあります。


 だって、アレ。この犬、角がある。おでこにご立派な捻じれ角がにょきっている。


 灰色の天井と変な、青と白い毛並みが美しい犬が視界いっぱいに広がっている状況を誰か説明してくれませんでしょうか? なんで、なして犬のデコに角があるんだよっ?


 突然変異? にしても変異種すぎるでしょうがよ。これは、あきらかおかしいやつに違いない。が、犬(?)はしきりに自分の顔や体をふんふん、におっていらっしゃる。


 なに、におうのか。くっさいのか、自分。


「あぉう、ぐるぅ?」


「いや、犬語は自分、わからん」


「あ」


「へ?」


 犬と思しき生物とできているかは置いておいて意思疎通を試みていた自分の足下の方から鈴を転がしたような声が。短い単音のみだったが、自分は反応して疑問を口にしていた。へ? 誰、なに? という意味あいで声を押しだしたわけですが、寝たままはね。


 そう思って首だけなんとか四苦八苦して持ちあげてみると簡易の個室を廊下と隔てる壁と扉があってそこに、ひとり、可愛い女の子が立っていた。……可愛いのですがね?


 どぉーしてその耳が兎さんなんだ? ええ、このコちょ、どういうことでしょう。


 え、は、あ。あ? あ、ああ、もしかしてこれもRPGあるあるで実はこのコ、人間じゃないってことなんだろうか。なんといったか、たしかそう、亜人……――だっけ?


 こ、こんなに可愛いのに、いや可愛いからこそ際立ってうさ耳が可愛さ倍増させているっつーやつですか!? 濃い茶髪に碧眼でふっさふさの黒いうさ耳ってここは天国?


 天国にいる天使は実はうさ耳なのか?


「よかったぁ。目が覚めたんですね」


「え、あ、ああ、はい。……はい?」


「? あ、私、アイシア、っていいます。えーっと、それでそのコはフロウ、です」


「おんっ!」


 そのコ、と言って女の子がにこにこ指し示したのはさっきまで自分と謎コントしていた犬らしき、いや、犬。フロウ、と紹介があったそいつは自分の耳元で盛大に吠えた。


 耳、鼓膜痛ぁ……っ。お、おのれ、なんという不意打ち音響攻撃だ。脳髄にまで響いたように思う。いいや、響いたね。そうそうこれでいかれ気味脳味噌が正常化された筈だと考えたのは浅かったのか、自分。見る景色全然変わりない。ファンタジー満載だぁ。


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