第39話 初志貫徹

「お姉さん、血みどろな修羅場を期待したというのに。やれやれ、青春ごっこほど青臭いものはないな」


 ひどく残念そうに肩を落とした、養護教諭。


「タバコ臭いよりマシだろ。これがジェネレーションギャップか」

「もっと、エロ・グロ・ナンセンスの要素を足したまえ。あと、お姉さんはピチピチだぞ」


 アラサー女史、昭和世代疑惑。真実はノスタルジーの中。


「先生のブレない自己肯定感だけは見習いたいです」


 さっさとお暇するため、俺が廊下へ一歩出たタイミング。


「牡羊」

「はい」

「貴様の体質、相変わらず理屈はサッパリだな。メラトニンの放出で、一緒に寝た相手を深い眠りへ誘うか。クク、枕営業とはよく言ったものじゃないか」


 茨先生が悪い顔でほくそ笑んだ。


「名付けの親に会ってみたいもんだ」


 俺は、白衣を着た悪魔に視線を向けるばかり。

 わざわざ添い寝相手を斡旋するんじゃない。仲介手数料、いくらだ?

 広告代理店の中抜きを超えた強欲さで、依頼者に迫ったシーンを想像するや。


「なに、牡羊が人助けを諦めたらそれで最後だよ」

「人助けという高尚な精神なんぞ初めから持ち合わせていない」

「審判は独善と偏見に満ちたお姉さんゆえ、貴様の気持ちなど一切考慮せん。安心しろ」


 何を安心しろというのだね?

 俺は、やれやれと肩をすくめた。ラブコメ主人公ムーブにあらず、ただの超絶落胆だ。


「実際、綾森を救ったのは牡羊さ。一番酷い頃と比べたら、ほんとに良い顔をするようになったじゃないか。まあ、美人の観点で言えばお姉さんに一歩、いや二歩劣るがね」


 だから、綾森さんが茨先生に劣るのは歳の数だけだって。一生追いつかなくて、残念だなー、残念だねー。夢の国のネズミーも、悔しくてパレード踊っちゃう。ハハッ。


「最近は、一年生の金髪ギャルにも手を出したらしいじゃないか。まったく、うらやまけしからんぞ! 牡羊――もちろん、理解しているな?」

「……如何に?」


 我が怨敵が真剣な眼差しを見据えたので、俺は渋々対応に迫られたところ。


「ベッドに連れ込んで欲情に駆られたら、まずゴムを付けたまえッ! エチケットだぞ!」

「これが保健室の先生の姿か? デリカシーを持て、エチケットはどうした!?」

「青年よ、リビドーを抱けっ」


 ダメだこいつ、もう手遅れだ……

 満足げに豪語した茨先生に送り出され、俺はナンダカナーと独り言ちるのであった。

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