第38話 立場逆転
「牡羊くんっ!?」
Bパートに入ったので、二度言いました。
Bパートに入ったので、二度言いました。
「ど、どうしてここに?」
「変質者から呼び出されて、なぜかベッドルームにしまわれた」
しまっちゃうおばさんは、良い子悪い子関係なくしまっちゃう。添い寝しちゃう子もドンドンしまっちゃおうねぇ~。
「心外だな、牡羊。貴様が手弱女の懐柔に難航してると泣きつくゆえ、協力してやったじゃないか。さぁ、説得は無理そうだ。やはり、リビドー……リビドーは全てを解決するっ」
養護教諭は網タイツの脚を組んで白衣を翻すや、ハハハと高笑いに興じた。
「最近、綾森さんの様子がまた芳しくないし、気になってしょうがないんだよ」
「……え、茨先生は放っておいていいの? すごく、目をギラギラさせているわ」
珍獣を目撃したような綾森さん。
「あ、雑音は気にしないで。壊れきったレイディオだから」
茨鈴蘭氏はひとしきりの哄笑で息切れらしく、ゼエゼエおえ~と過呼吸気味。
アラサーェ……無理すんな。俺、心配だあ。保健の先生呼んどく?
「勢いをそがれたけど、本題へ」
俺は、改めて綾森さんに向かい合った。
テーブル越し、無理やりシリアス味を一抹振りかけて。
「……」
「そういえばこの光景、前にやったような気がする」
「えぇ、わたしも既視感を覚えたわ」
「デジャブかあ」
前回とは立場が逆である。藪もとい個室から突然、アイドルが現れたのだ。ドッキリやらサプライズ慣れしてないので、上手くリアクション取れなったよ。養護教諭はスタンドプレーの申し子なんで、今回も放っておきましょ。
「初手、面白い小話に興じて場を盛り上げたいところだけど、あいにくトーク力が死んでいる。お気持ち表明、よろしい?」
「どうぞ」
こくりと頷いた、綾森さん。
俺は何を伝えたいのか、まず要点を絞ろう。
頭の中に言葉のパズルが浮かび上がり、複雑怪奇な迷宮を形成していく。
「えっと、俺は……綾森さんが元気にVの活動をしてほしいんだ。夢喰いナイトメアは推しだし、俺の個性を活かして体調が改善するならウィンウィン。だから、協力した。そして、復帰した。しかし、また絶不調。なのに、全然声がかからない。残念、リピートはお断り! やっぱり、至らない点があったんだなって。よくよく考えると、よくわからん男との添い寝自体がストレスだったと想像する日々です」
一応、妥当な改善プランを提案すれば。
「副作用が嫌でも睡眠薬を使うか、メンタルクリニックに通うとか――」
「勘違いしないで」
「ん?」
「別に、牡羊くんと添い寝は嫌じゃないわ。ただの気にしすぎよ。この部屋で初めて頼んだ時は、顔から火が出るくらい恥ずかしかったけどね」
美人が首を横に振るや、綺麗な黒髪を揺らした。
「じゃあ、どうして安眠のおすそ分けを固辞するんだ? 全然予想できへん」
「……」
じろりとねめつけられるも、鈍感ムーブにあらず。
難聴アピールではなく、ヒント欲しさにお耳を傾ければ。
「……だって……贔屓するから……」
「え、何だって?」
大丈夫、ちゃんと聞こえた。聞こえた上で、どゆこと?
「キミ、椿さんと一緒にいた方が楽しそうだった。わたしより可愛いし、何より愛嬌があるもの。当然の流れよね、あまり邪魔をしないことにしたの」
「それは、あかねちゃんが誰とでも仲良くなれるプロだから。俺は相手してもらってるだけ――こちらが仲良しだと思った時、別にあちらは仲良しだと思っていない。ニーチェも言ってたはず」
ニーチェ――深淵いつも私のこと覗いて来て困るわー。
深淵さん――変な奴がいつも覗いて来て面倒だなあ。うわやべっ、目が合っちゃった。
ニーチェと深淵さん、なるほど深い溝があったんやなって。
閑話休題。
綾森さんが珍しく不貞腐れたような表情で。
「わたしにはいつも壁作って、あの子とベタベタしてるじゃない」
「あかねちゃん、他人のパーソナルスペースを侵略する怪獣みたいなもん。ほんと、リアルガチで末恐ろしい。いっぺん、味わってみなって」
「牡羊くん、わたしが夢喰ナイトメアじゃないって認識でしょ? あくまで、わたしは演じ手‐中の人‐かしら?」
ムスッと不機嫌な眼差しを携えた、推しの‐中の人‐。
……少し落ちついて、振り返る。
俺は、綾森さんをどんな風に認識してたか?
学園のアイドル、美人、安眠が必要な依頼人、Vtuber、推しの中の人。
確かに、夢喰いナイトメアを演じる人だと思っていた。
いや、間違っていないだろ。事実を歪曲したつもりなど毛頭ないぞ。
否、Vの肉体と魂は文字通り一心同体なり。ファンを名乗るならば、別個扱いするな。
誹謗中傷された時、名誉棄損で訴えられるから。裁判に勝てるから。法律が個人の人格として認めた判例があるから。違うッ! そんなチャチな問題にあらず。
「要するに、尊厳とプライドってやつか」
俺は徐に独り言ちてしまう。
あまりに縁遠いモノゆえ、完全に頭から抜けていた。プライドがないのがプライド。見くびられることに関して見くびられない。それが牡羊獏クオリティー。
「けど、学校では綾森さんじゃないの? 夢喰いナイトメア扱いしようにも、おおっぴろげにできないわけだし」
「それは、そうだけど……」
綾森さんは一瞬言い淀むも、怯まず自分を突き通していく。
「とにかくっ。牡羊くんはわたしのメリーでしょ? 他の子にデレデレする情けない格好を晒された以上、黙っていられないじゃない」
「情けないメリーですまない……」
「謝らないで。すまないじゃ、納得しないわ」
瞬く間に、土下座を披露する矢先――腕を掴まれて止められた。
ごめんで解決するなら、警察はいらない。暗にそう言われた気がしないまでもない。
突っ張る美人へ、俺が対処できる方法とは如何に?
今更、じゃあ綾森さんを優先してあーだーこーだと嘯けば、わたしが駄々をこねたから渋々対応するつもり? と不興を買うこと間違いなし。
コミュ力があれば気さくに宥められたものの、残念俺です。最速で万策尽きた。
考えて、考えて。捻り出せたのは、たった一つの冴えないやり方――
「綾森さんっ」
俺が勢いで立ち上がるや、何かを期待するかのように美人は見上げるばかり。
「そういえば、俺は学園のアイドルと呼ばれる綾森さんが実はVtuberやってると知っている。あなたはその活動を周囲に知られたくない構図だ」
「そうね」
「えっと、つまり、秘密をばらされたくなければ俺の要求を飲むんだッ」
「ふうん?」
小僧の戯言、最後まで聞いてやろう。そんな貫禄だった。ちなみに目下、茨先生は外で副流煙をまき散らす公害と化している。あとで煙センサー近付けとこ。
「暴露が嫌なら、俺とまた添い寝してもらうぜ拒否するなよ……グヘへ」
「……」
「少なくとも、Vフェスまでは続けてもらうぞ枕さんよお……グヘヘ」
「……」
返事がない、無視だろうか。綾森さんが、じろ~りと俺を直視した。
不安に駆られた恐喝した方、脅迫された方にお伺いを立ててみれば。
「あの~」
「……仕方がないわね。バラされたくないし、キミの要求に従いましょう」
続けて。
「本当は、もっとちゃんと誘ってほしかったけどね。椿さんより優先したいのは誰なのか、ハッキリ言ってくれてもよかったのに」
「他者に優先順位をつけられるほど、友情カースト制度を熟知してないもんで」
「ううん、冗談よ。わたしが意固地になってたのに、牡羊くんから折れてくれた。素直な感情表現が苦手なのは一緒ね。ありがとう」
ニコリと表情を崩した、綾森さん。
「Vtuberがバレたわたし、クラスの男子に枕営業を迫られました」
「似たフレーズをどこかで聞いたなあ」
「ほんと、今日はこの前と反対の立場ね。してやられたわ」
「推しを助けるためなら、推しを脅さざるを得ないッ」
それはやりすぎだろ! 何事もほどほどにするのじゃ!
セルフツッコミもそこそこに、保健室のベッドへ視線を向ければ。
「どうせなら、今日はうちでいいかしら?」
「お、おーけー」
「わたし、先に家に戻るわ。いろいろ準備が必要だし、キミもお泊りセット持ってきて」
「準備?」
俺が首を傾げると、綾森さんは口へ人差し指を近づけて。
「まだ秘密よ。でも、牡羊くんの推しに会えるから」
すっかりご機嫌な推しの中の人。
否、綾森さんも含めて推しである。
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