第36話 ギャルの眩しさ

 HR終了と共に、二年一組のクラスメイツが各々の活動場所へ散っていく。

 全国帰宅部選手権を控えた俺もまた、可及的速やかに学校をおさらば――待て。

 クセになってんた、音を消してゴーホームするの。もとい、身体が帰宅を求めていた。


 どっちでもいいから、落ち着け。小生、ルーティーン崩して候。

 綾森さんの具合はどうだ? まずはそれを確かめろ。

 俺は目立たなさに関しては光るものがある。暗い所で輝く蓄光テープ的なやつね。

 それとなく美人の横顔をチラリズム。ふ、ふつくしいっ。


 当然のごとく見惚れてしまえば、俺の目の保養を遮る邪魔者が出現した。

 ちょっとズレなさいよ。じゃあ俺が移りますよ。きぃ~っ!


「そういえば、瑠奈。最近、保健室に入り浸らなくなったな? 悩みは解決したのか?」

「ふぅ……」

「瑠奈?」

「え、祥子? なに、もう一度お願いできるかしら?」


 綾森さんは、憂鬱な表情を作りうわの空。元気はなさそうだ。


「顔に疲れが出てるぞ。ちゃんと休めているのか?」

「ぼちぼちね、ちゃんと学校に来てるじゃない」

「まったく、養護教諭は何をしてるのだ。私の親友を放置して、けしからんっ」

「茨先生の問題ではないわ。まあ、あの人はすごくいい加減だけど」


 確かに。俺は、うんうんと二度頷くばかり。


「それに、今あの場所へ行ったところで意味がないもの」

「ほう、やはりアイツの存在が重要なのか? 認めたくないものだな、牡羊獏の体質とやらを」


 そこは、若さゆえの過ちでしょうが。ガンダム素人の俺ですら知ってる有名なセリフ。


「わたしは彼に、迷惑をかけられないの。これ以上、与えられてしまったら、もう……」


 静かに頭を振って、閉口した学園のアイドル。徐に立ち上がり、黒髪をなびかせるや。


「先に帰るわ。祥子、お仕事頑張って」

「あ、あぁ。また明日」


 佐々木がとっさに引き下がるほど、綾森さんは真相の究明を頑なに拒んだ。


 俺は何食わぬ顔で、教室を後にした美人を追随する。息を殺せばよほどのことがない限り、尾行がバレないのは才能かしら。移動教室がある度、よく行方不明扱いされるぞ。

 階段をスタスタ下りて、昇降口前のスペースへ顔を出したちょうどその時。


「兄ピぃ~! うちを置いて直帰とかあり得ないっしょ? 可愛い妹が補習で酷い目に合ってるんですけど!」

「きゃっ」


 背後から突如抱き着かれ、悲鳴を上げたモブ男子。痴漢、ダメ絶対。


「あかねちゃん。今ちょっと、忙しいじゃんっ」

「うちもめっちゃ忙しいじゃんっ。てか、センパイに会うために抜け出したみたいな!?」

「泣かせるねー、その気持ちに感動した! 追試受かったら、また遊ぼうぜ。ほら戻った戻った。俺は重大な使命を強いられているんだ……っ!」


 背中で語る男でありたい。まあ、背中越しでしか喋れないんですけどね。


「え~、兄ピはうちと楽しいことしたくないんだぁ~?」

「た、たたた楽しい事だって?」


 むにゅっと柔らかく、弾力性に富んだ双丘は禁断の果実なりや。心象風景が桃源郷もとい楽園に塗り替えられていく。さりとて、俺は固有結界返しで正気に戻った。

 背中で感じる男でありたい。自分、ハードボイルドなんで。ん?


「ニヤニヤしちゃって、ウケるし」


 昇降口にデカデカと設置された姿見が、抱き着く金髪美少女と欲望に忠実な男子高校生を映していた。

 加えて、その滑稽な姿に冷めた視線を向けたクールな美人もまた。


「綾森さん、ちょ待っ」

「(こくり)」


 と会釈して、先方が足早に去ってしまった。

 窓の隙間から冷たい風が吹きつけ、俺は唖然と立ち尽くすばかり。


「瑠奈っちじゃん。難しい顔して、機嫌悪かったん?」

「この流れ、狙ったわけでは?」

「うちは、兄ピと絡みたかっただけですよ? ガチの妹なんで、当然だし」

「ギャルのフレンドリー加減が嬉しくて辛い」


 アヒル口で首を傾げたあかねちゃん、なかなかどうしてあざといな。

 オタクくん、チョロインくらいチョロいんだから反省して。


「ひょっとして、この前の件でマジおこな感じ?」

「単純に怒ってるわけじゃないはず。別に誰も悪いことしなかった」

「女心をまるで分かってないなー、セ・ン・パ・イ」

「そりゃ、理解できないよ。いつまでも、他人とは別個体。相互理解なんて、うぬぼれなきゃ嘯けないからさ」


 人の心を暴きたてるは、名探偵の仕事。真実はいつも一つ? 一つなのは、事実だろ。

 ギャルのワクドキ密着が離れた。名残惜しいとか全然思ってないったらっ。


「瑠奈っちが落ち着いたお姉さんタイプに見えても、同年代の女子じゃん?」

「もちろん」

「嫉妬もするし、焼きもちだって焼いちゃう。素直になれないとか、求められたいって考えるのざらじゃん。当然っしょ?」


 俺は、ギャルの話に耳を傾けた。


「兄ピはたまに、全部理屈で片づけちゃうし。大変でも、理性で抑えちゃうっしょ」

「それは、ままならないのが、俺にとって当たり前ゆえ」


 そんなものだと言い聞かせないと、持たざる者の人生などやってられない。いちいち悲観するのでさえ、エネルギーをたくさん使う。人生万事、省エネ大賞。東京都、補助金くれ。


「うちも、多分瑠奈っちも! よーするに、兄ピにもっとグイグイ来てほしい的な!?」

「迷惑になるでしょ」

「はい、それっ。その他人行儀がご迷惑っしょ。遠慮なしでぶつかんなきゃ、本気で付き合えないんですけど!」


 眉をひそめ、距離を詰めたあかねちゃん。

 パーソナルスペースがパリンッと割れた。クッ、昨日張り替えたばかりなのに。


「……もしぶつかって、ただの衝突で終わったら?」

「ダメで元々、ダメ上等っ! うちだって、仲良くなれない子いっぱいいるし! 別に、気にすんな」

「光のギャル、強しっ!」


 輝きの明るさがダンチ。後光もとい全身イルミネーションが眩しい。

 すげーよ、あかねちゃんは。


「今更、同じマネはできん。さりとて、食い下がらんといけないのが辛いところさん」

「もう覚悟キメてんじゃん、兄ピ。せっかくうちが背中を押して、デキる妹をアピっとく予定だったのになぁ~」


 パツキンギャルが楽しげに、俺の背中をバンバン叩いた。い、痛いとです……

 強制的に背筋をピンと矯正された、俺。


「意外にも周囲にお節介が多かったらしい、やるよやるさやってやれ」

「ウケるし」


 あかねちゃんが満足そうに、後方腕組み理解者面。


「じゃあ、景気付けにファミレス行っとこ。うち、山盛りポテトの気分じゃん? カロリーが怖くて、JKやってられないっしょ!」


 いざ、行かん。カリカリを求めて。

 でも、俺はハッシュドポテトの味方だぞ。なんかこう、圧倒的人気を誇るフライドポテトの陰に隠れた感じが他人事にあらず。共感しちゃって良いんです。


「あ、俺はパスで。全国帰宅部選手権の予選あるから。赤点の人、補習受けなさい」

「うぅ~、それはウケないし」


 妹を名乗る者は、ガックシとうな垂れるのであった。

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