第34話 おさななじまない

 体育館裏に呼び出されるのは、告白かタイマンと相場が決まっている。

 どちらも初体験ゆえ、心がワクワク胸がドキドキしちゃった放課後この頃。

 殺風景な場所へ続く砂利道を、ジャリボーイがじゃりじゃり歩いていけば。


「遅いぞ、牡羊獏っ!」


 初手、叱責。

 物置小屋に寄りかかりながら腕を組み、目をつぶっていた風紀委員の姿あり。


「まさか、佐々木が俺の下駄箱にラブレターを忍ばせるなんて予想外でな。戸惑った間に、日も暮れるもんさ」

「フン、冗談は顔だけにしておけ。校内の秩序を著しく乱す害悪として、即刻しょっ引いてもいいんだぞ」

「良くも悪くも、俺は誰かに影響を与えられるほどの存在感がないよ」


 俺は、げんなりと肩をすくめるばかり。

 取り締まり候補に挙げられるほど、悪目立ちする生徒にあらず。真のモブが、ネームドキャラに認知されると思うな。牡羊? へぇ、珍しい名前じゃん。初めまして。いや、去年も同じクラスでした……ぐすん。


 本当に中条高校の生徒か? 生徒手帳を確認させろ。引っかかるとすれば、朝の校門でやってる挨拶の時くらい。悲しいね。

 佐々木が丸メガネをクイっとかけ直すや、強い眼差しを発揮して。


「牡羊獏と他愛ない雑談に興じるつもりはないからな。本題に入らせてもらう」

「そりゃ、残念。俺は旧交を温めたかったけどな」

「……また、瑠奈の様子がおかしい。遺憾ながら、以前お前に詰問した頃のあいつは元気だった。何をしたのか、お前の行動は役に立っていたらしい。業腹だぞ」


 念押しすな。


「牡羊獏の執拗な付き纏いが消え失せたと安堵した途端、再び瑠奈の体調が芳しくないようだな。全く、お前は始末に悪い存在だ」


 はあ~とクソでかため息を吐いた、佐々木。


「ほぼ貶すだけ、やめろ。用がないなら、俺は帰らせてもらう」

「待て。とどのつまり、私が言いたいことはだな……」


 俺の背中を撫でるように、弱々しい声が投げかけられた。

 渋々振り返ると、風紀委員が三つ編みをイジイジ弄んでいく。


「瑠奈は、親友なのだ。力を、貸してくれ」

「……」

「私では助力できない問題などすでに察している。納得できなくとも、飲み込むしかない」


 必至に歯を食いしばりながら、拳を握りしめた佐々木。


「瑠奈を助けてやってくれ、牡羊獏。お前にはその手段があるのだろう?」


 佐々木が深々と頭を下げたので、俺は目を疑った。お前、腰曲がるのか?

 親友の安寧を得るためならば、自らプライドをへし折ることもいとわないらしい。


「そもそも、俺はいくらでもサポートしたい。ただ最近、本人があまり望んでない」

「たわけっ、お前が変に引いてどうする!? 今更、まともな人間ぶるな」

「俺、平凡な奴ですが」


 一喝され、少し怯んでしまった。


「もう関わってしまったのだ、途中で怖気づいて尻尾を巻くのは許さんぞ」

「へいへい、善処するかどうか検討させてもらいます」

「返事は、はい、だ。最後まで奮起しろ、身を粉にして瑠奈に尽くせ。私が牡羊獏に期待する唯一の事柄なのだからな」


 彼女は、げきを飛ばしたのだろう。ぐだぐだと行動に移さない俺に、うっ憤が溜まって。


「佐々木のおかげで、行動理由が増えた。綾森さんが元気になるよう、考えとくわ」


 今度こそ、踵を返した俺。校舎棟へ足を向けたところ。


「……小学生の頃、お前に度胸があってくれれば今頃……」

「ん? まだ何か用か?」

「フッ、失言だ。疾く忘れろ。さぁ、とっとと行くがいい!」


 気付けば、三つ編みを揺らした佐々木がいつもの調子に戻っている。

 尊大な態度を崩さず、問答無用でだらしない生徒を取り締まる風紀委員フェイスだった。

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