第32話 不調
《4章》
久しぶりに一人で起きた。
午前10時、学校は遅刻だぜ。
梨央が第二次反抗期ブームらしく、兄者となんて添い寝してあげないんだからねっ! とツン。いやまあ、妹者が自立したいなら応援するぞ。俺、真のお兄ちゃんゆえ。
あかねちゃんはこの前のテストで赤点を取り、しばらく補習漬けと外出禁止令を出されたのだとか。勉学に励むギャル、不要不急は控えてよろー。
綾森さんとは、本来の関係性に戻った。先日の件が強く影響したかもしれない。学校でタイミングが合えば、挨拶するくらい。教室が同じクラスメイトのフラットな距離感。
先方の悩みに俺の体質が活かされた以上、刹那の交わりは区切りを迎えるものだ。
推しのVtuberと一般リスナー、身分の差を自覚しろ。あまり馴れ馴れしくするな、その傲慢が我らの太陽を打ち落とすトリガーになり得るのだから。自ずと一歩下がる勇退たれ。
心の友イカロスは蜜蝋の翼で飛んだけれど、俺は蜜蝋を明かりに地べたを歩もう。
……何かの映画で、人間は土から離れては生きられないのよとか語ってたな。バルス!
なるほど、凡人は地に足をつけて生きろというテーマだったのか(極大解釈)っ!
子供の頃は分からなくても、大人になって意味が分かるもんだなと思いました。
閑話休題。
電車の中は閑散としている。
朝の通勤通学ラッシュはとうに過ぎているのだから、人気が少ないのは当たり前。今ならソファに寝転がっても余裕があるね。迷惑系を目指す諸君、荷物棚をベッド代わりに使うのがベターだぞ。いや、ワースか?
手持無沙汰ゆえ、通学のお供にして日課・夢喰ナイトメアの雑談配信を視聴するか。
昨日、珍しく梨央と夜に出かけて見逃したのだ。高級ホテルのお手頃価格スイーツビュッフェに同行。100分、3980円……ワンハンドレットミニッツ、サンキュッパっ!?
は、破産や……こんなん、一夜で破産やっ! ボッタクリや(違うよ)っ!
スイーツは別腹だし、反抗期は一時休戦な。あたしが奢ってんやんよ! と、妹談。
妹の金で所望したミルクレープとフルーツタルトは美味いか? 美味に決まってんだろ、いい加減にホワイト! 流石、一流パティシエは伊達じゃないっ!
『次のメリーのお便りね――最近、悪夢と言えるエピソードが起こらず、平凡な日常を繰り返すばかりです。メア様に捧げる供物を用意できませんでした。代わりに、少量ですがスパチャをお納めください』
(キョムキョムプリン)¥500
・詫びスパチャwww
・金で解決! 健全な肉体に、不健全な精神が宿っている!?
・もっとポムポムしてもろて。
・サビ残続きの社畜生活も平凡ですか?
『ふうん? メアの生贄のくせに、健全な生活を送っているわけね? ……良いじゃない。元気に過ごしてるなら、いずれ悪夢に襲われる機会が訪れるでしょ。その時、新鮮で極上な悪夢をメアに捧げる権利を与えてあげる。あと、スパチャは義務じゃないからほどほどにしなさい』
・優しい。
・ナイトメア、メリーの精神的支柱になれ。
・はい、ツンデレ乙。
・メア様の半分は優しさでできています。
『今宵は、勘違いしてる子らが多いじゃない。後で夢魔の揺りかごに放り込むから』
・え、今日は搾取してもらえるんですか?
・あぁ、おかわりもいいぞ……たっぷり揺らしてもらえ。
・メア様、それ悪夢ちゃう。淫夢や!
・俺もサキュバスにご馳走されてーなー、俺もなー。
『次。最近、バイトを始めた大学生です。シフトを自由に決められる未経験歓迎の求人だったのですが、講義前でも明日出てくれ早出してくれとメッセージを何度も送られます。掲載されてた時給より低く、交通費全額支給も実質200円まででした。運転免許の費用を稼ぐまで頑張りたいのですが、毎日クタクタで心が折れそうです。メア様の配信が数少ない楽しみで、本当は全部通しで見たいのですが予定が合わずすいません』
・コンビニはなあ、アットホームだからなあ。
・時給が低い? あのさぁ、スタッフはファミリーやろ?
・覚えるオペレーションが多いわりに、面倒な客の相手もしなきゃならんとかww
・ワイも初めてのバイトはコンビニだったで。そこのバイトリーダーがほぼ週7勤務で品出しから店長業務もこなすホリックワーカーだった。おかげでクリスマスや正月サボり放題。結局バイトなんて、誰が貧乏くじを引くかだってばよ。
『メアは車の免許持ってないけど、親のお金を頼りにしないは偉いわね。教習所の費用って30万円くらい? 今すぐ取る必要がないなら、空いてる日だけ時給が高い派遣や単発の仕事もいいかもね。ハッキリ断れないで、大学生が社畜にさせられる事案が多いって聞くわ。メリーは第一に、メアの下僕であることをゆめゆめ忘れないでちょうだい』
・アルバイトの社畜、バ畜ですな。
・ツブヤイターで探せば、高額報酬のいいバイトあるぜニチャア(暗黒微笑)。
・親身なメア様、ガチ恋距離おなしゃす!
・信じられるか、これが人間の悪夢を食らうサキュバスの姿かよ。
『次……ハア……はあ……少し、待ってちょうだい』
・……
・……
・そして、五年の月日が流れた。
・NowLoading.
『ごめんなさい、ちょっと疲れちゃったみたい。いつもより早いけど、今日はお開きにします。メアは宵闇を抱いて、うたた寝にしゃれ込むわ』
夢喰いナイトメアがピヨピヨと頭を回した後、舞台袖へ捌けていく。
・バーロー、養生しろよ!
・人の心配より、自分の体調気遣ってもろて。
・まだ万全じゃないし、もっとちゃんと休んでな。
・メア様の霊圧が消えた……?
主が去った会場にて、お気持ちを表明していくメリーたち。
まとめれば、皆すごく心配していた。むちろん、俺も。
以前と同じペースで活動してほしいのだが、根本的な原因が完治したわけじゃない。添い寝効果で安眠の回数が増えたけれど、控えた途端に眩暈の症状がチラついてしまった。
もう一度、綾森さんと対策を講じた方がいいかもしれない。
俺が勘違いしなければ、多分大丈夫だろ。推しの中の人に快眠を届けるだけでいい。それが百分の一程度の存在でしかないメリーの役目。
自分がやるべき役目を思い出した頃、電車が学校の最寄り駅に到着するのだった。
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