第31話 衝突

 朝、小鳥のさえずりと一緒に美少女から起こしてもらう。

 モテない童貞野郎の妄想ランキングで常々上位に名を連ねるシチュエーションだ。


「牡羊くん」


 添い寝で安眠体質を謳う俺、珍しく人の呼びかけで目が覚めた。

 午前8時。

 昨日はテッペンくらいに寝たので、約8時間の睡眠。メラトニンパワー、全開。


「おはよう、牡羊くん」


 綾森さんらしき人物が、不機嫌そうな顔で俺を見下ろしていた。

 黒髪ロングの冷静な眼差しを携えた美人。まるで、綾森さんのようだ。


「ワンチャン。そっくりさんという線は……」

「ないわ」


 まつ毛を燃やす勢いで眼を擦れば、アイドルがより鮮明に。驚きの4K画質越え。


「ちょ、待てよ! 綾森さん、どうしてここに!?」

「さっき地元に帰って来たばかりよ。そのままこちらへ足を運んだの」


 イスに腰を下ろした、真・綾森さん。優雅に脚を組むや。


「キミのお母さんが出てくれて、お邪魔させてもらったわ。息子の最初で最後のモテ期だから、どうぞお好きにご自由にだって」

「ママさんよお、息子に見切り付けるの速すぎだろッ。否、俺に最初で最後すらチャンスを与えられると思うな。過信したな、一親等っ!」


 浅慮甚だしい、慢心とはこのことよ。俺は何と張り合っているのだろうね。ぐすん。

 寝起きスッキリが数少ないウリなのに、身体を起こそうにも酷く重かった。


「ん?」


 あかねちゃん、ユーカリの木を抱くコアラムーブで寝んね中。

 枕営業のキャッチフレーズ・君のユーカリでありたい。に変更するか。控えめに言って、ダサい。添い寝フレンドは、あなたを支える応援パートナー笹っ! 客がパンダ限定かい。竹も生えないぜ。


「きゃぱぁ~い、かわちい~、なぁぜなぁぜ……」

「トレンドに敏感な寝言。これがギャルの底力っ」


 なのかもしれない。知らんけど。


「牡羊くん。椿さんがなぜここにいるのかしら? どうしてキミと添い寝しているのかしら? わたし、興味深くて夜も眠れなかったわ」

「不眠症だよ。そんなすぐ治らないって」

「――(きっ)」


 美人の睨みつける攻撃。効果は抜群だ! 獏の目の前が真っ暗になった!

 これは夢だ。覚醒せよ、アウェイクンッ!


「目をつぶらないで。わたしが現実よ」

「御意」

「……椿さんのFacebookにね、ルームウェアのPRがアップされたの。可愛いのはいつも通りだけど、わたしが注目したのは別の箇所」


 綾森さんの怪訝な表情に、俺ははいはいとイエスマン。将来は大出世確実。


「見覚えがある間取り。最近訪問した部屋。そして、枕営業に使用したベッド」

「一度だけ、ここ案内したっけ。やっぱ、SNSに写真上げるとすぐ特定されるなあ」

「彼女とは、ベッドを共にする親密な仲なのかしら?」

「強いて言うなら、綾森さんと同じような関係かな」


 先方の詰問を、俺は軽く受け流していく。


「まさか、それを確認するために急いで帰ってきたの?」

「……別に? わたしの誘いは断って何をしているかと思えば、モデルの女子を捕まえて同衾に熱心なだけじゃない? 楽しそうで安心したわ」


 綾森さんが目を細め、そっぽを向いてしまう。


「健全がウリなんでっ」


 弊社は、全年齢対象の枕営業ですよ!


「綾森さん」

「なに」


「除け者にしたつもりはないけど、疎外感を与えてたらごめん。俺は隠れてコソコソ同衾キメる度胸も魅力もないゆえ、安心してくれ! あかねちゃん、イモウトミタイナコ」

「うん、わたしも朝から押しかけてすごく迷惑行為ね……反省します」


 目が合うと、綾森さんは少し赤面がてら。


「でも、添い寝の優先相手を考えてみない? わたしの方が、安眠を欲して」

「う~ん、兄ピぃ~。今日もぐっすり寝れたじゃん。抱き枕、サイコーかよっ」


 あかねちゃんが大きな欠伸をかますや、もう一度俺の懐に潜り込むタックルを――


「おはよう、椿さん。睡眠は十分取ったでしょう? 起きなさい」

「あと、5分……朝食は、ドライフルーツたっぷりのヨーグルトスムージーで……」


 女子か。女子だよ。意識高いギャルである。


「10分じゃなくて、じゅうぶんって言ったんだよ。は、叙述トリックッ!?」


 今世紀最大の叙述トリックの無駄遣い。このミステリーがひどい大賞受賞。


「あかねちゃん、先方の前で惰眠を貪っちゃえば挑発行為になるぞ」

「センパイ強引なんですけど。うち、優しく起こしてほしいじゃん?」


 ギャルに目覚めのキッスを要求されるも、俺はクール系アイドルの冷徹な表情に気が気にあらず。引退して、冬の女王が即位なされました?

 あかねちゃんに開眼を促して、目下の状況を直視させた。


「うぃ? 瑠奈っち……?」

「楽しいお喋りに来たわ。彼と懇ろになった経緯、ぜひ教えてもらえないかしら?」

「ふぁああああああああああっ!?」


 ピンと背筋、スッと正座。ギャル、心は動揺・身は不動。俗に言う、緊張である。

 然るに、ポロリした。水着じゃないよ? 添い寝フレンドの馴れ初めを。


「……兄が欲しかった? 親友の兄妹関係が羨ましくて、牡羊くんの妹になった? ついでに、添い寝相手も代役してる? あなた、思ってたより変な子だったのね」


 頭痛が痛いらしく、こめかみを押さえていた綾森さん。


「瑠奈っちだって、ファンに手を出すとかやっちゃってんじゃん。ブイチューバーアイドルのめっちゃスキャンダルみたいな!?」

「わたしは茨先生の紹介で……睡眠導入のフォローに必須だったのよ」

「うちはプラトニックな兄妹愛だし! 兄ピもそう思うっしょ?」


 美人と可愛い子が奪い合いなんて、俺は今猛烈にラブコメ主人公。感動した!

 ではなくて、責任の所在を俺に押し付けないでクレメンス。多分、秘書がやった。

 当初から、お互い恋愛とかラブがお題目じゃなかっただろ? 揉める必要は皆無。


「牡羊くん」

「兄ピ!」

「「どっちと添い寝したいわけ(的な)!?」」


 まあ、二人とも見目麗しいわけで、冴えない男子に選ばれないのは癪なのだろう。

 火花散らす女のプライド。炎色反応で七色に光ってるなー。あちっ(現実逃避)。


「俺ごときがどっちかを選ぶなんて」

「そういう軟弱な態度、要らないわ」

「ハッキリするしっ」


 ヘビにシャーッと威嚇された、カエルの気持ちげこ。


「そもそも、キミが誰の枕でもやる軽い態度だから」

「センパイ、もっとうちにしがみつけばいいじゃん。とりま、脈アリっしょ」

「はい、そうですね。すいません、私の不徳の致すところであります」


 この度は、私の体質が招いた事案で双方のご期待に背く結果に――

 必要悪・牡羊獏。奴は犠牲になったのだ、睡眠の質向上の犠牲にな。

 ……頭が真っ白になったと言いなさい。心中、吉兆な女将が囁き始めた。頼む、幻聴であってくれ。俺がキョムキョム謝罪マシーンと化したちょうどその時。


「てか、瑠奈っちはもう元気っしょ。ブイチューバー復帰で順風満帆って感じ? 目的達成してんじゃん」

「……っ」


「うちは、兄ピと仲良くなるのが目的みたいな!? ゆーて、うちが借りる番じゃん。そもそもセンパイ、瑠奈っちの活動を待ってるんですけど! 推された期待、放置でいいん?」


 あかねちゃんが珍しく真剣な剣幕でまくし立てていく。

 綾森さんは顔色を変えず、黙ってそれを聞き届けた。


「あなたの言う通りよ……浮れていたのはわたしね」


 綾森さんが俺を見るや、うんと頷いた。


「牡羊くんに頼るばかりじゃ、いつまで経っても成長しないわ。壁は自分で乗り越えるもの。十分手を、いえ枕を借りたじゃない。ここから先はわたしの努力次第ね」


 悠然と立ち上がり、黒髪をなびかせた推しの中の人。


「お邪魔したわ。配信、見守ってて。それがあなたへのお返しよ」

「綾森さんっ」


 学校一の美人は頭を振るや、そのまま黙って部屋を後にするのであった。

 取り残されたモブとギャル。

 沈黙は金。そんな言葉、JKスマホの予測変換に出てきやしない。


「うち、余計なこと口走ったかも。マジ、ぴえんだしっ」

「俺は、女子の機微に疎い。むしろ、他人の気持ちに共感する機能が弱い。けれど、あかねちゃんのが悪口だったとは思わないよ」

「悪口より、ハートに刺さる図星があるっしょ。本音を見透かされるって、一番堪えるのしんどいじゃん」


 寝ぐせで跳ねたパツキンをかきむしった、ギャル。

 綾森さんに無理やり言わせた形になって申し訳ない。雑な扱いは俺の得意分野なのに、肝心な時ほど役に立たない。モブが脇役たるゆえんさ、後悔先に立たず。


「落ち着いた頃、ごめんなさいしてもろて」

「うぅ、兄ピも一緒に謝るし! 妹がご迷惑かけました!」

「立派な妹力を見せてくれ。すぐ裏切る梨央とは違うのだよ、梨央とはッ」


 泣きつくあかねちゃんに、俺はどうしたもんか天を仰ぐばかり。

 もちろん、知ってる天井だった。

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