第29話 仲良し、ぬくぬくと。
俺は自室でノーパソを開くや、推しの出番を視聴していた。
夢喰ナイトメアの活躍に満足して、ふぅと胸を撫で下ろすばかり。
「まさか、推しと添い寝フレンドになるとは。夢にも思わなかったぜ」
正確には、推しの中の人。
綾森瑠奈。学園一の美人。クール系アイドルとして人気を博したお方。
俺はファンの一人に戻ったゆえ、今後益々のご発展とご活躍を期待しております。
一切の感情が添付されない自動お祈りメールを送信しかけたちょうどその時。
「兄ピ~、ブイチューバーの配信終わったん? うち、アマプラで映画の気分っしょ」
「夢喰ナイトメアがPRの仕事入ったんだぞ! もっと喜びを噛みしめなさいよっ」
「えー、ガチ勢のテンションに置いてきぼりくらったし」
ベッドでスマホを弄っていた、あかねちゃん。不満げな様子で。
「さっき、うちもPRの仕事したじゃん。もっと褒めるべき的な!?」
「久々の案件だった。問題は活動休止うんぬん以前に、まだまだ知名度が……」
「センパイに紹介したのはマズったし。可愛い妹にドハマり作戦、アゲアゲパーリナイッ」
何か呪文を唱えていた。ギャル語は古文より難しい。いとあげぽよ~。
「てか、瑠奈っちさ。めちゃんこべっぴんじゃん。わざわざ顔隠して活動すんの、変な感じみたいな!?」
「美人でも皆が皆、あかねちゃんみたいな陽キャじゃないからね。承認欲求があっても、目立ちたくない。大勢は苦手だけど、和気あいあいしたい。人は如何に矛盾した存在か」
「ウケるし……あ、ヤバッ」
一体、どうしたというのだね?
「瑠奈っちがブイチューバーなの、秘密だったじゃんっ!? 正体を隠したままアピれって言われたのに、うっかり誤爆したんですけど!」
あかねちゃんが表情を強張らせ、珍しく本気で焦燥感を募らせていく。
「兄ピ! 忘れて。マッハで記憶を消してください」
「夢喰ナイトメアの正体が綾森瑠奈さん!? だ、だだだ大ニュースだぁぁあああ!」
あ、はい知ってます。少し前から存じ上げております。
「マネジも瑠奈っちも怒らせると超オニだし! 角も牙だってマジ生えるから!」
「てーへんだ、てーへんだ! 拡散しなきゃ、今こそSNSを使いこなす時来たれり!」
「うぅ~、何でもするし。何でもするから、それだけはご勘弁を~」
「ん……今何でもするしって言ったよね?」
ニチャアった、オタクくん。
柄になく耐え忍んだ、ギャル。
「弱みに付け込んで、うちにエロいことするつもり!? 別に、やぶさかじゃないんですけど! 兄ピとやぶさかじゃないんですけど!」
「やぶさかであれ! あかねちゃんは真の妹を目指してるんでしょうが」
これぞ、偽物が本物に打ち勝つ物語――いや、そんなテーマは掲げてないよ。
「実は……」
俺は、あかねちゃんにかくがくしかじかっとこれまでのあらすじを語った。
宇宙の神秘に触れた猫のごとく、目を丸くしたギャル。
「なーる、完全に把握。瑠奈っちの不眠症に兄ピが貢献とか、添い寝フレンド大活躍じゃん。イバ先、完全に仲介業者でジワるっしょ」
一瞬、イバ先とは誰か分からなかった。我が怨敵か。別に威張ってない、偉そうなだけ。
「推しの体調が回復して良かった。俺はファンの一人に戻って、関係性は元通り。これからは画面越しで応援しよう」
距離感を正せば、あちらも余計な心配せずにV活動できる。後顧の憂い、断つべし。
「うちのこと、何か言った? 瑠奈っちのブイチューバー活動、誰に聞いたとか?」
「確か、知り合いに宣伝されたってくらい。中の人に関する話題はなかったよ」
「よし、セーフ! うち、許されたじゃん」
「ついさっき、ポロリしたけどね」
ギャルの汗を拭う仕草に、俺はやらかしが時間の問題と思いました。
「てか、兄ピ。瑠奈っちとも寝たの、それ完全に浮気っしょ!?」
「……浮気? センシティブ?」
類語・不貞行為?
「うちという神ってる妹がいながら、他の女に添い寝キメたとか! マジオコ案件」
「いや、どこの美少女が好き好んで俺と添い寝するというのかね? 安眠という効果を欲した結果の枕営業。添い寝フレンドは報酬ありきで、親密な付き合いじゃないけど」
「必死に誤魔化すあたり、黒なんですけど。あと、うちは好き好んでセンパイと添い寝してあげる的な!? 兄ピとスキンシップ、上等だし」
恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった、あかねちゃん。
「ギャルの性格が良すぎる。梨央に見習ってほしい妹力……感動した!」
「それなっ」
「でも、綾森さんの枕営業が先。浮気を批判するなら、あなたはやってた側だぞ」
「……」
ギャルは急に手持無沙汰なのか、自慢のネイルをイジイジしたり。
「あ! ルームウェアのPR案件、忘れてたし! 兄ピも協力よろ~」
「突然、思い出してよかったね。さっそく取りかかろう」
可愛い妹に弱い兄の図である。シスコンまで残り僅か。
あかねちゃんは、バックパックにしまい込んだ荷物をまき散らした。雑にルームウェアを掴むと、俺の視線など気にせず着替えていく。安心してください、インナー履いてますよ。
ハート柄を模したふわもこニットに、ショートパンツを合わせたパジャマセット。
「ウェーイ。どう似合ってる?」
「似合う」
「でしょ~」
満更でもないギャルの全身像、ソファに座って読書する姿、ベッドで足を延ばした格好。その他諸々、ルームウェアでリラックスタイムと題したフォトを増やしていく。
「兄ピもうちを撮るの、上手くなったじゃん。専属契約いっとく?」
「ほとんど素材の味を活かしただけ。そこに腕は関係ない」
「え~、カメラマン次第でテンションぶちアゲみたいな!?」
あかねちゃんがスマホを高速操作するや、疲れたぁ~とベッドへ寝転がる。
「ちょうどインスタにアップしたし、フォローといいねよろ~」
「い、いいい、Instagram!? そ、それは若い子とSNS強者の特権では!?」
「センパイには今度、トレンドを掴む鬼特訓ぶちかましますから」
ギャルの真顔に、俺はイエスと答えるしかなかった。情弱情弱ぅうううっ!
せやかて、友達ちょっとなオタクがインスタを嗜むわけないでござろう。
仕方がなく、部屋に散らかった荷物をまとめた俺。
まったく、出しっぱなし。脱ぎっぱなし。少しは片付けなさい、そゆとこ梨央そっくり!
心中、がみがみオカンが親心を覗かせたタイミング。
「ん?」
いつの間にやら、柔らかいものをがっつり掴んでいた。あまり触れる機会がないけれど、確かにその感触は羨望と憧憬を抱かざるを得なかった。
はたして、それは――後に知ることだが、極上パッドがウリらしいノンワイヤーブラ。最高に美しいバストシルエットを体現させ、わがままボディを叶えちゃうらしい。そんなの必死に応援するしかないじゃないか、がんばえーっ!
これがハートキャッチというやつか。違うよ。
餅つけ、もとい落ち着けっ。狼狽えるな、極めて冷静に努めよ。いちいち騒がなければ、何も問題ナッシング。俺はただ、片付けに勤しむのみ。他意はない、ないったらっ。
弾力性に富んだパッドの感触がどうしても気になると言えなくもない昨今でございますが、お父さんお母さんぼくは元気に暮らしています。
ちょっとくらい揉んでも、バレへんか……もにゅっ。
「そのブラ欲しい感じ? 持ってけ、持ってけ」
「ぴやぁぁあああーーっっ!? こ、これは試供品のチェックだから! あかねちゃんが付けて安全か、耐久テストしていたんだよッ」
「言い訳、必死すぎっ。別に、そのブラもサンプルじゃん? うち、白じゃなくて黒を頼んだのになー。まあ、センパイのムッツリ目撃できて満足っしょ」
ニヤニヤと相好を崩したあかねちゃん。
ギャルのイジりは、オタクにとってイジメと同じなんだ。もう引きこもるしかない。
ファッションモデルさんが、ルームウェアの上からブラジャーを合わせながら。
「こっちは動画にしとくかぁー。踊ったり、見せブラのパターンもアリっしょ」
「――っ! ちょ、待てよ! JKがレジャーランドで下着モデル晒して、炎上無事退学になったニュースをこの前知った。あかねちゃん、下着姿をネットに晒す仕事はNGで」
パチパチとまばたきギャル。
「へー、ふ~ん。兄ピ、うちのこと心配なん?」
「事務所とマネージャーに伝えといて。未成年を搾取で金儲け、悔い改めろッ」
コンプライアンスはどうした、コンプライアンスは。ガバガバナンス、けしからん。
後方腕組み兄貴面は、汚い大人に激怒した! まあ、俺の忠告など風前の灯火か。
「とりま、兄ピがうちの下着姿を誰にも見せたくない言質でNG同盟結成よろ~」
「あの、社会的観念を鑑みて」
「早く言うし! 個人的観念して、白状しちゃいなよ」
なぜか、さあさあと圧を受けた俺。
単純に、妹的なサムシングに誹謗中傷リスクを避けてほしかったのだが。
プライド皆無なプライドゆえ、響かない軽言なら嘯こう。
「あかねちゃんの下着姿、ダレニモミセタクナイヨ」
「へへー、知ってますけどねっ」
金髪ギャルがにへらと照れた。にへらって何?
「きわどい系の案件は全部断るから、大船に乗ったつもりでいい的な!?」
「タイタニックで豪華船旅の気分だあ」
氷山は地球温暖化で溶かしてもろて。
「兄ピにはこっそり、セクシー系送ってあげるから。ご褒美、期待すればいいじゃん?」
「……っ」
ギャルの耳打ちこそばゆい。
「俺のマイドライブが火を噴くぜッ」
エッチもとい大人の資料管理ファイルのメモリ、確認されたし。
クラウドサービス・それは可能性の獣。希望の象徴。
牡羊獏・添い寝フレンド、行きまぁーすっ!
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