第26話 ギャルのお仕事

 日々に忙殺される現代人こそ、休日は家にこもって英気を養わなければならない。

 ショッピングモールへ遊びに行くなどもってのほか。テーブル一つに群衆が押し寄せ、長蛇の列を作り出すフードコートの洗礼を味わえば、生き地獄と表現せざるを得なかった。


 うどん一杯。待ち30分、頂き10分。

 フードコートのすみっこぐらしに興じつつ、俺はコシが違うねぇと唸った。


「センパイ、コシって何なん?」

「知らぬ・分からぬ・存じ上げぬ!」

「ウケるしっ」


 あかねちゃんが、トッピングに頼んだかき揚げにかぶりついた。

 モグモグ口を動かすと、薄紅の唇がテカテカしてしまう。


「あかねちゃん、口の周りに油付いてる」

「マジ!? ガチヤバ!」


 顎をちょこんと突き上げた、妹のマブ。前傾姿勢で顔を近づける。


「ん~~」

「取れ、と?」

「はーやーく」


 金髪ギャルのおねだりに、オタクは弱いんだあ。

 俺はDT力を振り絞り、あかねちゃんの口元をティッシュで拭っていく。

 なに、小生ティッシュの扱いをば心得――ピーッ(自主規制)。

 ……DT力を発揮したら、キョドるんじゃないですか? 俺もそう思います。


「いいじゃん、いいじゃん。妹のお世話はオニーサンの義務っしょ?」

「妹的なサムシングね。こんな可愛いパリピが妹のはずがない」

「えー、梨央っちも可愛いけどなー」


 あかねちゃんは頬杖をついて、レモネードソーダをちゅーちゅー吸っていく。

 流石、強炭酸……そのビジュアル、刺激いと強し。

 腕を組んで深く考える仕草をした、俺。深く考えるとは言っていない。


 先日、俺は妹の友人・椿あかねに兄役を強いられた。別に脅されたわけじゃなく、一人っ子ゆえマブの兄妹関係が羨ましかったらしい。マネっ子かい? このギャルはオタクに優しいギャルなので、仲良くしてくれるならごっこ遊びに付き合うのはやぶさかにあらず。


 可愛い女子が添い寝に付き合ってくれるなんて、これなんてラノベ? おそらく、彼女にとって一過性のブームだろう。瞬く間に終焉の時は近いかもしれない。普段梨央の相手をしてもらってる手前、そのお礼に飽きたと言われるまで振り回される所存。フラれるのは得意さ、モブだから。


 俺は、やれやれ面倒だなあと肩をすくめた。心にもない? ノルマですので。


「梨央は連れて来なくてよかったの? 遅刻遅刻~って、食パン咥えて部活行ったけど」

「うちはセンパイを誘ったし。へぇ~、言わせたがり的な?」


 あかねちゃんがニヤリと笑みを漏らした。


「お兄ちゃんと出かけるとか、ほぼデートっしょ。あの子、いつも自慢してくるからさー」

「いつもは、留守番だけど。たまにね、稀に」


 家族で出かけると言えば、基本俺は自宅待機。警備のバイト代払いなさい。

 さて、今日外出に同行した理由とは如何に。


「うち、インフルエンサーやってるじゃん?」

「初めて聞いた」

「Tik Tokに動画上げて、バズらせて、宣伝活動みたいな?」

「チックタック? 時計屋さん?」


 今はもう動かないそのおじいさん? 止まるのは、大きな古時計だったか。


「センパイ、ティックトック知らん系!? 何時代の人だしっ」

「いやあ、平成時代に生まれたもんでJKの流行は疎いです」

「うちも平成時代生まれじゃん!」


 驚くギャルにツッコミを入れられる。


「SNS、いっぱいあって困るんだよ。ツブヤイターいやエッキスすら扱いきれない。そろそろ、繋がることに必死な社会……やめませんか?」

「メンおじウケる。センパイの改造計画始めちゃいますかぁ~」


 メンタルがおじさんの略らしい。ちなみに、おじメンはおじさんみたいな面になってるの意味。ためになったねー。若々しさに高速タックルかます茨先生に教えてあげよう。

 あかねちゃんが腕時計を確認すると、見る見るうちに顔色を変えていく。


「ヤバ、そろそろ時間なんですけど! センパイ、早く急いで」

「結局、何も分からないのだが?」


 早く急ぐはむつかしい。鈍く遅くは得意ですな。


「説明は歩きながらするしっ」


 パツキンのギャルに腕を引っ張られ、そのまま連行された俺。

 通路には、休日を楽しむ家族連れ、カップル、友達グループが溢れんばかりに歩いていた。

 彼らを追い抜く都度、リア充オーラに晒されるやふらりと立ち眩み。


「どしたん? 鳩が豆ポッポーの顔して?」

「鳩がガトリング砲食らったような顔、ね」


 あれ、ちょっと違う? ごめん、ガトリングとバルカンの差異は説明できないや。

 致命的なミステイクを置き去って、俺はちょっとだけ愚痴ってしまう。


「皆、人生楽しそうだなって。彼らのキラキラってさ、陰キャにはきついんだ」

「センパイも楽しそうじゃん。いつも好きなものを語る時、ニヤニヤしてるし。アレめっちゃキモいけど、うちの包容力でカバーできる」

「あかねちゃんの励まし、心にしみるわ~」


 ちょま、きききキモい? オタクくん、ギャルの一言で死んじゃったじゃーん。


「てか、可愛い妹とデートしてリア充ハンパないっしょ」

「ん?」

「うちとお・に・い・ちゃ・ん」


 俺は今、あかねちゃんに同行中。

 金髪ギャルと腕を組んで、ショッピングモールを闊歩。肩に頭を預けられ、柔らかい感触がワン・ツーとヒットアンドアウェイを繰り返す。


「ほれほれ~、気分上々っしょ?」

「クッ、妹萌えは良いものだ」

「爆上げじゃん」


 ギャルに転がされるオタク。マジチョロいんですけど。

 あかねちゃんの懐へ飛び込む匠の業に、俺は感心する他なかった。


 エスカレーターを上り、二階の広場へ向かう途中。お目当ての店にやって来た。

 パンフ曰く、台湾スイーツの専門店。屋台を意識した外観は、夜市のイメージ。台湾グルメの食べ歩き、テレビで見た気がしないでもない。


「おはようございます。本日は商品PRの件で伺いました。椿あかねです、よろしくお願いします。事務所の者に直接店舗で打ち合わせの件を受けたのですが、今はお時間に都合がつきますでしょうか?」


 到着早々、あかねちゃんは店長らしき人としっかりご挨拶。

 ギャル、どこ? てか、普通に喋るん? うち、開いた口がビックマウスだし。ハハッ。


「はい、かしこまりました。新商品のヨンジーガムロですね。動画と写真のアップ数は一日当たり……文言と角度は……私のセンスにお任せ? それは責任重大ですよ」


 にこやかに談笑を交わしたあかねちゃんと店長。


「一度、サンプルとして多めに撮影します。店長が候補の写真と動画を選び、本部に送って最終決定の流れですか。はい、問題ありません」


 あかねちゃんと店長がうんうんと頷き、一旦解散した。

 まるで役に立たない俺、ぼけぇ~っと天井の装飾を眺めた。

 窓際の広いテーブル席を冴えない男が独占している。そんなクレームが出される寸前。


「センパイ、今うちのこと考えたん?」

「こ、これは、椿あかねさん。ご機嫌麗しゅう」

「急に他人行儀はダメっしょ。距離感詰めてほしいんですけど!」


 ふくれっ面なギャルが俺の隣に座った。否、密着した。


「受け答えが立派すぎて、俺はもう兄気取りができぬ……」

「や、それはウケないし」


 先ほどの真面目な態度に対して、だらしない姿勢に早変わり。


「アレは擬態じゃん。うち、偽りまくり。散々面接練習させられた企業案件用の顔、みたいな? 肩こりと表情筋の強張りがヤバいんですよ」

「苦労人ギャルってコト?」

「頑張ったご褒美に後でマッサージよろ~」


 可愛い女子にマッサージ……ごくり、お金足りないよぉ~。


「オニーサンは、うちを梨央っちみたく甘やかすべきっしょ」

「頑張ります」

「うちは甘やかされる妹とか本望なんで!」


 あかねちゃんの決意表明をよそに、店舗スタッフがくだんの品を持ってきた。


「こちら、ヨンジーガムロになります」


 言わずもがな、存じ上げないブツである。

 俺はメニュー表をヒントに、馴染みのないドリンクを描写してみた。


「楊枝甘露と書いてヨンジーガムロ。小さくカットしたマンゴーとタピオカたっぷりなコンデンスミルクに、柑橘系の果汁やココナッツを混ぜた飲物。主にボトルタイプのカップに入った次に来そうな台湾スイーツの一角、と」


 要はタピオカミルクティーの親戚でしょ、知らんけど。


「センパイ、どったの? 突然語りだして、うち困惑パない」

「ブームに疎い人オールドタイプへ説明してあげたの! ギャルの常識は最先端ゆえに」


 俺らが認知する頃、JKは新たな流行を追いかけている。ナウでヤングな養護教諭のオサレなスイーツ、ババロアだぜ? BBA……涙、ちょちょ切れますよ!


「そのマンゴージュースの写真をティックトックに載せればいいの?」

「言い方、ダサすぎっ。ぷっ、あはははは! 流石にジワるし」


 あかねちゃんが噴き出してしまう。

 セーフだね、マンゴージュース飲む前で。話題のドリンクを盛大に噴き出す動画、炎上系ユーチューバーが再生数稼ぎでやりそう。


「うちの兄を名乗るなら、もっとファッションにこだわるっしょ」

「俺の妹と名乗らせるの、申し訳ない。ご迷惑をかける前に、謹んで辞退させて頂きたく」

「あー、あー! 聞こえないんですけど! センパイ、うちは根に持つタイプ的な!?」


 あかねちゃんは不服そうに脚を組んで、俺の脇をペチペチと叩いた。


「ちょ、そこ弱いから! 敏感だから!」

「これが好きなんかぁ~? へー、素直に喜べばいいじゃんっ」


 ぐすん、ギャルに乱暴(くすぐり)された。バイバイ、ぼくの初めて。

 冗談はさておき、なぜか俺が撮影役を任されてしまった。


 いやさ、映えの秘けつ存じ上げないのだが? 普段、スマホのカメラなぞ使わない。え、飾りじゃない? てっきり、デザインだとばっかり! これが、陰の者である。


「ヘーキ、ヘーキ。うちがポーズ取って、センパイはシャッター押すだけで大丈夫」

「プロは違うなあ。インフルエンザーは伊達じゃないッ」

「インフルエンサー! はやり風邪じゃねーし!」


 ツッコミがビシッと冴えわたった。

 ギャルのお仕置きなんて、甘美な響き。

 我々の業界ではご褒美かもしれないものの、いい加減案件に着手しよう。あまり先方を待たせてくれるな。基本行動を徹底してください。


 楊枝甘露さん、めちゃくちゃスタンバってまぁーす!

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